はじめまして、親友

 一ヵ月と少し前。恵梨(えり)が小学五年生になって少しした頃のことだ。

 通っている国都(こくと)小学校は、三年生と五年生のタイミングでクラス替えがある。そのクラス替え。恵梨はそれまで仲の良かった子たちと、丸々別のクラスにされてしまった。「クラス替えは、先生がみんなの友達関係を考えて決めてくれるから、きっと大丈夫よ」ってお母さんは言ったのに。

 五年生の初日。クラス替えに張り出された掲示を見て、恵梨は泣きたい気持ちになった。確かに、同じクラスとして書いてあった名前の中にちょっと仲の良い子たちはいた。けれど、女子の作るグループでそれまで一緒だった子たちは、誰一人一緒ではなかったのだ。

「大丈夫だよ」

「隣のクラスじゃん」

「離れてても友達だよ」

 みんな、そう言ってくれたけど。クラスが違うというのは、やっぱり大きい。「うん、ありがとう」と言ったけれど、恵梨の悲しさと不安はなくならなかった。

 別に、仲の良い子たちが全員同じクラスになったわけじゃない。二人と三人に分かれていた。けれど、一人きりになったのは恵梨だけ。その『ちょっと仲の良かった子たち』のグループに入れてもらうしかないのかな。

 その子たちだって、優しい子たちだと思う。だから恵梨が「入れて」と言えば、入れてくれるだろう。でも、今まで一緒だった子たちとは『仲良し度』が全然違うのだ。同じくらい仲良くなれるかはわからない。

 恵梨は元々、どちらかというとおとなしい性格だった。今まで仲の良かった子たちだって一年生から一緒だったから仲よくなってこられたといってもいい。なのでいまさら一から『すごく仲のいい子』を作るというのは、不安が大きかったしおっくうでもあった。

 それでもやらないわけにはいかない。クラスで一人ぼっちというのは、女子にとってはとても難しい。男子で一人の行動をとっている子はいるけれど、女子にはほとんどいない。いくつかグループがあって、それがクラスの生活での基本になる。一人っきりの子は、なにか事情があるのだ。いじめられているとか。性格が暗いとか。そして、なにかのきっかけでいじめのターゲットになるのはそういう子なのだ。

 幸い、恵梨のいたクラスではちょっとしたいさかいはあっても大きないじめ事件はなかったのだけど、これからもそうあれるかはわからない。そしてそんなときにターゲットになんて、絶対なりたくなかった。それを避けるためには、やっぱりどこかにグループに入れてもらって、『仲間』としてもらうのが一番なのだ。

 頑張らないと。

 誰かに話しかけないと。

 時間が経てば経つほど、グループに入れてもらうのは難しくなってしまうから。

 大丈夫。

 私以外にも一人で新しいクラスに飛び込むことになる子だっているはずだから。

 自分に言い聞かせる。

 しかしコトは恵梨の心配していたよりずっと簡単だった。

「篤巳 恵梨(あつみ えり)です。趣味は、お菓子作りです。よろしくお願いします」

 五年三組。初めてのホームルーム。そんな自己紹介をした。

 手元にはプリントがあった。先生が自己紹介の時間の前にくれたものだ。それには全員の名前が漢字とふりがな付きで載っている。

 新しいクラスでの席順は名前順だった。そのせいで恵梨は『篤巳』という名字のためにかなり前のほう……二番目に自己紹介をすることになってしまった。もうクラスでおこなうなんでもかんでもが一番最初か、遅くても二番目か三番目になってしまうことはなれっこだったけど。

 一番はじめに自己紹介したのは男子だったのであまり参考にならなくて、「これでいいのかな」と思いつつ、ちょっとびくびくしながら自己紹介したのだけど終わったときに気付いた。

 こっちを見ている子がいる。それはクラスの真ん中あたりに座っている女の子だった。

 オシャレな子だなぁ。

 恵梨はその子を見て最初にそう思った。多分ほどいても肩につかないくらいの長さの髪だろうけど、それをぴょこんと短いツインテールにしている。そこには黄色いりぼんが結ばれていた。服も流行のポップなキャンディの絵が描いてあるトレーナーを着ている。どちらかというと元気な印象のある女の子だった。

 そしてその子はなんとホームルームが終わるやいなや、恵梨のもとまですぐにやってきたのだった。

「ねぇ! あなた、私と同じ漢字だね!」

 突然話しかけられたことにも驚いたのだけど、その子の言ったことに恵梨はもっと驚いた。

 同じ漢字?

 すぐにはわからなかったのだけど、その子が胸につけている名札を見て、あっと思った。

 そこには『高村 梨花(たかむら りか)』と書いてあって、つまり、『梨花』の『梨』の字が『恵梨』の『梨』と同じだったのだ。恵梨だって同じように、全員が自己紹介をするうちにその子の自己紹介を聞いたのだけど漢字までチェックしていなかった。

「ほんとだ」

 『初めて気づいた』という声で言った恵梨に、その子はちょっと不満そうな顔をした。

「えっ、気付いてなかったの?」

 あっ、失敗した。

 ここは「同じだね!」って笑っておかないといけなかったのに。そうすれば仲良くなれたかもしれないのに。

 でもやっぱりそれは、心配には及ばなかった。

「ま、いいや。席、遠いもんね。ねぇ、仲いい子と同じクラスになった?」

 その子は、梨花はにこっと笑って言ってくれる。その笑顔は恵梨にとって大きな救いだった。

 恵梨は首を振った。ただし、笑顔が勝手に浮かんだ顔で。

「ううん。仲良かった子、みんな違うクラスになっちゃったの」

「そうなんだ! ねぇ、名前似てるし、うちのグループにこない?」

 期待したとおり梨花はそう誘ってくれて、そしてすぐに友達を紹介してくれた。友達は二人いる、と言っていて恵梨を入れると四人になった。

 クラスでおこなうあれやこれやは偶数でおこなうことが多い。体育のグループ組は二人が基本だし、勉強だって『ペアを組んで』と言われれば二人だ。

 それにすべての学年の何人かで組む『縦割り班(たてわりはん)』も同じ。クラスの番号、つまり『一組』『二組』という番号が同じの、違う学年で組む班。それも同じクラスから出るのは二人なのだ。

 おまけに今年ある林間学校や来年ある修学旅行だって、グループは四人だと聞いている。あとから、グループのみんなと仲良くなったあとから「実はもう一人欲しかったんだ」と梨花に打ち明けられた。

 「こういうの、『ださんてき』っていうんだよね。ごめんね」なんて、ぺろっと舌を出した梨花だったけれど、恵梨にとってはなにも悪いことなどなかった。

「ううん、梨花に声かけてもらえたのも嬉しかったし、梨花と仲良くなれたのも嬉しかったよ」

 はじめは「えりちゃん」「りかちゃん」と呼び合っていたけれど、すぐに「呼び捨てでいいよ!」と梨花に言われてからは名前そのままで呼んでいる。そのくらい梨花とはすぐに仲良くなってしまった。

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