第33話寝落ちして後悔したことあると思います


かなり後がない状況を認識したぼくたち。

結局、お昼は近くのコンビニでつまめるものを買ってきて宿題をしながら食べた。盛り上がりを見せたピザパーティーの計画からすると、かなり質素な感じになってしまった。しかし、そのおかげで、宿題もかなり進んできていた。姉帯さんと新妻さんも時間が立つにつれて、宿題に集中することが多くなっており、かなりペースアップしている。この調子なら写せる宿題は夜のうちには片付くだろう。写せない面倒なものも残っているが、真っ白だった午前中から考えると驚きの速さである。ぼくたちはいい調子で宿題をすすめ、そのまま夜を迎えた。夕食も昼と同じで軽く済ませる。その後は、一人ずつシャワーを借りて、残っているふたりで宿題を進めた。ぼくのシャワー中だけは新妻さんがガードマンをしてくれたので、あまり宿題は進んでいなかった。それでも、極力すべての時間を宿題に費やしてきたかいもあり終わりも見えてきた。ぼくたちは気合を入れてそのまま宿題を続けるのだった。


「あ!膝枕!膝枕してもらってない!」

「!そうだ、膝枕。」

静かな部屋にいきなり姉帯さんと新妻さんの声が響く。何があったか知らないが思い出してしまったらしい。ぼくとしてはピザパーティーの流れから、そのままなくなって欲しかったので黙っていたのだが…。今やもう何かに取りつかれたように膝枕、膝枕とつぶやいているふたり。長い時間宿題を集中してやっていたせいか、目が血走っていて怖かった。

「き、休憩する?」

「膝枕、する。私、弟月くんに、膝枕、してもらう。」

「お姉さん、眠い、何書いてるかわからない。もう、寝る。」

「いや、まだ寝ちゃダメだよ?」何故かロボットのように話す新妻さんと姉帯さん。もう心がボロボロのようだ。一応しっかりできているのかふたりが写していた問題を見てみると、姉帯さんは数学をやっているはずなのに、筆記体のような、ミミズのようなぐにゃぐにゃしたよくわからない文字をずっと書いていたようだ。何ページか前からミミズ文字が続いている。途中で思い出したように数字が書かれているが、まったく問題とは関係ない数式になっている。

新妻さんの宿題も見てみると、英語の宿題なのに日本語でいろいろと意味不明な分を書いてしまっていた。例えば「私は弟月くんを食べました。」と書いてある。まったく意味が分からない文ばかりだ。

確かに、お昼過ぎから始めてもうすっかり夜だ。何時間ぶっ続けで宿題を写していたのか、ぼくももうわからない。その分、ふたりの消耗も激しかったのだろう。このままではふたりの精神は崩壊してしまう。一時の癒しでも回復してもらわないと、ぼくも覚悟を決める必要がありそうだ。

「うん、覚悟しました。それじゃあどうぞ。」膝に寝てもらうために正座をするぼく。それを見て飛び掛かるようにして近づいてくる姉帯さんと新妻さん。正直めっちゃ怖い。

お昼頃はどちらが先に膝枕をしてもらうか争っていた姉帯さんと新妻さんだが、もうそんな気力もないようで、ふたりでよこになり、ぼくの右膝と左膝にそれぞれ頭を横たえた。

「あ、あぁあ、あ、これが、弟月くんの膝枕…。」

「え、あれ⁉ ちょ、新妻さん大丈夫⁉」ぼくの膝に頭をのせると痙攣してそのまま意識を失う新妻さん。そこまで宿題によって消耗していたなんて!

ぼくはそこでもう一人、姉帯さんが静かすぎることに気が付く。あんなに勢いよくぼくの膝に飛び込んできた姉帯さんが何故こんなに静かなのか、ぼくは恐る恐る視線を姉帯さんに向けた。

「…すーすー…。」安らかに寝ていた。僕の膝に頭を横たえて数秒の出来事である。秒で寝てしまった。姉帯さんの消耗もこんなにも激しかったのか。ぼくは自分の認識の甘さを痛感していた。ふたりのためだと思い夜まで頑張ったけど、それが逆に姉帯さんと新妻さんをここまで消耗させてしまっていたなんて…。このまま少し休憩してもらおう。その方が後々集中できるよね。


こうしてぼくは、ふたりが起きるまで膝枕をしていることを決意した。自分の膝で寝ている姉帯さんと新妻さんの顔を眺める。普段から見ているがこんなにじっくりと見るのは初めてだ。改めてみるとふたりとも、すんごいカワイイ。なんだろうこれ、ここが天国かな。天使がぼくの膝で寝てるのかな。ていうか、寝顔をマジマジと見るのってヤバイかな?変態っぽい?そうは思いつつもふたりの寝顔から目が離せない。安らかに眠る二人の顔を見ていると、ドキドキしていた心が段々と落ち着いて安らかな気持ちになってきた。まるで、天使に誘われるかのように安らかな気持ちになっていく、そのままぼくは意識を手放した。

そう、疲れていたのだぼくも。

だから、許して。


ぼくが目を開けたのはたまたまだ。なんとなく、本当になんとなく目があいた。見覚えのない景色、あれ、ここどこだ?そこまで考えて意識が覚醒を始める。そうだ、姉帯さんの家だ。姉帯さんと新妻さんの宿題を手伝いに来てたんだった。寝ぼけていてわからなくなっていたよ。

あれ、なんで寝てたんだっけ?ふたりの宿題を手伝わないといけないんだから寝てる暇なんてないのに、そう思って動きだそうとすると足の感覚がまったくなかった。動けない。思わず足元を見る。姉帯さんと新妻さんがぼくの膝の上で静かに寝息を立てていた。

何これ、カワイイ。

そうだった。頑張ったご褒美でふたりに膝枕をしてあげてたんだった。そのうちにぼくも寝ていたようだ。完全に意識が戻り、しっかりと状況を認識できた。ふぅ、ちょっと寝たおかげでだいぶスッキリしたな。またここから宿題をやったら集中できるはず、また頑張ろう!気合を入れなおして何となく時計を見る…。



「…ん、あれ、弟月くん?私寝ちゃってた?」

「ふぁ、ん~お姉さんも寝ちゃったみたい。でもすごいスッキリしていい感じ。弟月くんのおかげね。」

「……。」

「どしたの?」

丁度起きたふたりに言葉を返すことができないぼくは時計を指さすことしかできなかった。

「ん?時計?」

「今は…。」


「……。」

「……。」

「……。」


訪れる沈黙。言葉を失うぼくたち。聞こえてくるのは爽やかな鳥の鳴き声。部屋は明るい、だって電気をつけたまま寝たから、だけどそれだけじゃない。窓から差し込んでくる暖かな日差しが部屋の中をより一層明るくしていた。外は晴天で今日もまだ暑くなりそうだ。九月とはいえ、残暑は厳しいものである。


時計は【7:35】と表示されていた。

昨日は確かに、7時以降も宿題をやっていたはず。どうしてまだ【7:35】なのか。

答えは簡単だ。朝になっているからだ。寝落ちにもほどがある。


「これ、ヤバくない?」

「ヤバイ。」

「うん、やばい。」姉帯さんの疑問にそろって答えるぼくと新妻さん。マジでヤバイ。


「ちょ、準備急いで!急いで!学校遅刻しちゃう⁉」

「宿題は?宿題はどこまでやったっけ⁉」

「わかんない!昨日の夜の記憶がなーい!」

「もう仕方ないよ。このまま行くしかない。」

すでに問題は宿題が終わるか、から学校に間に合うかに変わっていた。それぞれが慌てて学校に行く準備を始める。

「着替えないと⁉制服!」

「わぁああ!待って脱がないで、ぼくのいないとこで着替えて!」姉帯さんのおへそが見えました。

みんなてんやわんやで酷い状況だ。そんな中、ぼくは焦る気持ちとは裏腹に正座したままの体勢で動けずにいた。

「弟月くん⁉ どうしたの⁉ 急がないと!」

「うん、わかってる。わかってるんだけど…。」

「ど、どうしたの?」

「足が…。」

「足?」


「足がしびれてまったく感覚がないです。」一晩中ふたりに膝枕をしていたからか、ぼくの脚にはまったく感覚がなかった。手でつかんで足を伸ばしてみる。とても自分の脚とは思えない。

「ちょ、マジ⁉ 動けないじゃん!」

「そうみたい。だから、ここはぼくに構わず先に行って。」めっちゃ感動。生きているうちにこのセリフが言えるなんて!段々と脚に感覚が戻ってきているが、きっとかなりビリビリすると思うと少し怖い。

「そんな!そんなことできない!」縋りついてくる新妻さん。あ、待って、今脚に触らないで!

「お姉さんが、お姉さんがお姫様抱っこして行くから!」せめておんぶでお願いします。

「あ、でも弟月くんも制服にならないとね。」

「そ、そうだね。でも今はきっと無理だよね。」

そう言ってふたりでこちらを見る姉帯さんと新妻さん。目が怖い。なんだか嫌な予感がする。

「弟月くん!じっとしててね。」

「え?」

「大丈夫、お姉さんと結に全部任せて、弟月くんはそのまま横になってればいいの。」

「え?」

「ウチらがしっかりリードするから安心しててね。」

「いや、ちょっと…。」


「やめてー‼」

姉帯家から再びぼくの悲鳴がとどろくのだった。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





「ま、間に合った~!」×3

時間ギリギリに教室に飛び込んだぼくたち。紆余曲折あったが、脚に力が入らないながらも自分で何とか着替え、道中は姉帯さんが僕をおんぶして新妻さんが後ろから支えてくれるという超絶協力プレイでぼくたちは始業式開始になんとか間に合った。

「あ、ありがとう姉帯さん、新妻さん。迷惑かけてごめんね。」

「いやいや、家からずっとお姉さんの背中にあたる弟月くんの感触、至福だったよ。ありがとう。」

「うん、弟月くんのお尻の感触といったら…なんでもない。」

うん、なんか素直に感謝できなかった。


ん?そこでようやく教室中の視線が集まっていることに気が付く。


「おい、なんで姉帯さんが弟月をおんぶしてんだ。」

「姉帯さんに密着できるなんて、うわぁあああ!羨ましい!」

「俺も新妻さんにお尻を…。」

「ていうか、一緒に来たのか?あの三人?」

「家からって言ってたな。え?てことは…。」


男子からの視線が急速に冷えたものに変わっていく。

あぁ、またしてもぼくの印象が、やっぱりクラスメイトからはよくない覚えられた方をしている気がしてならない。ふたりの宿題も結局は終わってないし、今日から二学期。波乱の幕開けになりそうだった。

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