第32話だいたい脱線する


「とりあえず、一番の問題は読書感想文だよね。」

「読書?」

「感想文?」

え、その反応は何ですか?まるで、そんな宿題あったっけ?と顔でぼくに語りかけてくるような、そんな表情をしているふたり。その後、はっと思い出したようにして見るからに落ち込んでいく。夏休みの宿題が何一つ終わっていない姉帯さんと新妻さん。状況を整理しようと発言したぼくの言葉はふたりを更なる混沌に落としてしまったようだった。読書感想文は現国から出ている宿題。課題図書が何冊か用意されており、その中から一つを選んで感想文を書くことになっている。今のふたりの反応からすると最悪は…いや、まさかね。


「ふたりは課題図書はどれを選んだの?」

「…ってない。」

「え?」

「課題図書買ってない。」そう発現した新妻さんは真っ白に燃え尽きていた。どうやらぼくの最悪の想像はあたってしまったようだ。流石に本はあるだろうとぼくのは家に置いてきてしまっていた。

姉帯さんは?姉帯さんはどうなのか、そう思って姉帯さんの方を向く。グッと親指を立てる姉帯さん。おお!姉帯さんは課題図書自体は用意していたようだ。積み上げられた宿題の隙間から一冊の本を取り出す姉帯さん。姉帯さんが選んだ課題図書は「ワンピース を着るのは誰」世界で一番可愛い女の子だけが着れるワンピースを巡って繰り広げられる血みどろの女たちの争いを描く、少年誌で掲載されている人気作だ。うん、どこからどう見ても漫画だ。ダメだ、これ。この人も課題図書すら持っていない。三人で絶望に打ちひしがれる。

「これ、終わるかな。」

「お姉さんは終わる気がしないかな。」

「あ、諦めちゃダメだよ。課題図書は全部有名な本だから、どれかはこの家にもあるかもしれないよ。」何とかふたりを鼓舞しようと試みる。

「あ、バカ姉の部屋にあるかも。何年か前に同じように苦しんでたの見たことある。」

「じゃあ、お姉さんに借りに行こうよ、そういえば今日見てないけど?」

「今日は大学の友達と遊びに行ってるから、勝手に借りても大丈夫でしょ。行こ。」

とりあえず、事態は一刻を争う状況なので、みんなでお姉さんの部屋に行く。かってに入るのは申し訳ないが、姉帯さんがいるから許してください。ぼくは何も触りませんから。

「う~ん、どこかなぁ。あ、ふたりも別に探しちゃっていいよ。」

「いや、そういうわけにはいかないでしょ。」

「うん、新妻さんはまだしも流石にぼくはまずいよね。」

本探しは姉帯さんだけに任せて待つことにするぼくと新妻さん。かってに探すつもりはないが、本があるとしたら本棚か、机だろう。お姉さんの部屋にぱっと見たかぎり本棚はない。そうすると机かな?なんとなく流れで机を見る。


お姉さんの机には、拡大され、机いっぱいに引き伸ばされたぼくの写真が貼ってあった。

うん、なんだろうこれ。

「あの、姉帯さん。これ?」

「え!見つけた⁉ って何じゃこれ⁉」

「お姉さん…要注意ね。」

「弟月くん、この写真は回収しておくから安心してね。大丈夫、しっかりと保管しておくから。」

「捨ててください。お願いします。」

その後も、いろんなところからぼくの写真が出てきたので、ぼくはそっとお姉さんの部屋を出た。ちなみに本はお姉さんの部屋にもなかった。あらかた探しえ終えた姉帯さんが持ってきたのは全部ぼくの写真だけで何の役にもたちそうにない。何故か満足そうな姉帯さんと新妻さん。そこで、写真見始めるのやめてください。宿題をしないと!

「こうなったら、ネットであらすじとか調べて、それっぽく書くしかない!」

「そうだね、本買いに行っても読む時間もないしね。」

「他の宿題もあるしね。」

時計を見るともうお昼時だ。余計な時間を使ってしまったことで、緊迫してくるこの状況。しっかりと作戦を立てて進めないと。

「もうなりふり構ってられないから、問題集とかはぼくの宿題を丸写ししよう。」

「お、弟月くん!あなたが神だ。お姉さんには後光が見えるよ。」

「私にも見える。美しい。」

恥ずかしいので早くやりましょうよ。ふたりに宿題を渡し、それぞれで写してもらう。写せるものは全て写してもらう。それだけでもかなりの量があるので、時間はかかるだろう。その間にぼくはふたりが読書感想文を書くための本の情報などをネットで調べてまとめておくことにする。そうすれば、写し終わったあとで、すぐに読書感想文にも取り掛かることができるはずだ。しばらくは三人で黙々と宿題を進めていく。聞こえるのは時計の秒針が進む音と、ふたりが宿題を書き写していく音だけ。いい感じだ。ぼくもしっかり情報を集めるぞ!

そして、きっかり一時間がたった。

「はい!一時間たちました!休憩タイム!」

「いえ~い!」

「え?そういう制度だったの?」

「弟月くん、人の集中はね、もって一時間なの。だから休憩してリラックスしないとドンドンペースがおちていっちゃうんだってよ。ネットで見た。」

「そ、そうなんだ。」

「そう!だからまずはお姉さんに膝枕してもらってもいいかな?」

「いやいや、私が先でしょ。」

ああ、そういうご褒美でしたね。と思っていると、ご褒美争奪戦がふたりの間で始まろうとしていた。じゃんけん、どっちが宿題進んでいるか、先にご褒美にありつくために競い始めるふたり。あぁ、この時間が、この時間がもったいないと言っているのに!

「一時間でどれくらい進んだのかな?」確認させてもらうと、ふたりとも集中している間に結構な量の宿題を終わらせていた。写しているだけなのだが、このペースなら本当に今日頑張れば明日に間に合うかもしれない。もちろん読書感想文など、そう簡単にはいかないものも残っているが、少しは希望が見えてきていた。


ぐ~


ぼくのお腹が空腹を主張する音が響く。争いをやめてこちらを向く姉帯さんと新妻さん。こちらを見ないでください。恥ずかしいです。そういえば、姉帯さんのメッセージに慌てて今日は朝食を食べていなかったことを思い出す。意識するともうだめだ。どんどんお腹がすいてくるような感覚になってきた。

「弟月くんお腹へった?」

「う、うん。でも気にしないで、宿題をやらないとね!」

「それこそ気にしないでよ、ちょうどお昼の時間だし、何かたべないと。」

「でも、宿題をする時間が…。」

「人はねお腹が減っていると集中力が普段より半分以下になっちゃうんだってよ。だからお昼食べないと。」

ふたりに押し切られる形でリビングにやってきたぼくたち。

「明日香?何か作るの?」新妻さんが冷蔵庫を見ている姉帯さんに確認する。え、姉帯さんの手料理⁉ 気になる。姉帯さんも新妻さんも料理をしているところや、そういう話もしたことがなかった。正直女の子の手料理、かなり憧れております。

「ん~、時間かかるし、なにもないなぁ。」姉帯さんの返事に一気に現実に引き戻されるぼく。そうだ、今は時間がないんだった。何が女の子の手料理だ。すぐに浮かれるぼく、我ながらチョロすぎである。何かいい方法なないだろうか、少し考えていいことを思いつく。

「出前とかどうかな?待ってる間もぼくたちは宿題を進められるよ。」

「いいね!お姉さんもそれに一票!」

「あ、じゃあさ、ピザとかどうよ!今日はピザパーティーでみんなで盛り上がらない?」

「さんせ~。じゃあこの前のお泊りの時みたいに何か映画でも借りてこようか?」


「…あの。」


「怖い映画とか借りる?」

「夜になったら部屋暗くしてみるのいいよね~。」


「いや…。」


「外行くならさ、飲み物とかも買ってこようか、今夜の分!テンション上がってきた!」

「ふふ、弟月くん、今夜はお姉さんと結が寝かせてあげないぜ。なんて。」

「……盛り上がってるところあれなんだけど、脱線してるよね、宿題終わらせないとね。」

ぼくの言葉に現実に引き戻されるふたり。

「あ、あはは、そうだった今日は宿題をするんだったね。」

「今夜は宿題がウチらを寝かせてくれないってわけだ。」


「さよならピザパーティー。」

時刻は現在午後の一時を過ぎたところ。宿題はまだ全体の半分も進んでいなかった。

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