第31話ちゃんとやってた?



「弟月くん 助けて」


そんなメッセージが姉帯さんから送られてきたのは、夏休みの最終日だった。一体何が、いきなりの事に戸惑っていると追記のメッセージ「結もヤバい…。」

立て続けにこんなメッセージを送られたぼくはもうパニックだ。スマホと財布だけ持って家を飛び出す。何が起きているのか、姉帯さんと新妻さんはどこにいるのか、何もわからない。ふたりは無事なのか。心臓が早鐘を打つ。身体からは物凄い勢いで冷や汗が吹き出ていた。

走りながら姉帯さんへ電話をかける。もし、電話に出ることができない状態ならどうする?姉帯さんの家に行ってみるしかないか…。いや、悪い方ばかりに考えるな。お願い!電話に出て。祈りながら電話をするとワンコールが終わらないうちに電話が取られた。


「弟月くん…。」

「姉帯さん⁉︎ よかった無事なんだね⁉︎ 今どこ?」

「今、家にいる。結も一緒。」

「新妻さんも⁉ よかった。何が起きてるの⁉︎」

「…し」

「え? し⁉︎待って一体何が⁉︎」






「…宿題が終わりません。」

「……。」

ん?聞き間違えかな?宿題?想定外の返しに思わず返事が出来ないぼく。

「お姉さんと結を助けて〜。」

「宿題って、夏休みの?」

「うん、まだいっぱい残ってるの、ヤバい。」

姉帯さんの話を聞いて急速に落ち着いてきた心臓の鼓動。むしろ気が抜けて低血圧になりそうだ。とりあえず、ふたりは何か事件に巻き込まれたわけではないようで安心した。姉帯さんと新妻さんが無事ならぼくはそれだけで他にはもう何も望まない。そう、それだけで、ほんとに…。


「ちゃんとやってた?」

「う、ごめんなさい。」



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



あの後ぼくは一旦帰ってふたりの宿題を手伝う準備をした。

姉帯さんから詳しい話を聞くと、ほぼ手付かずの綺麗な状態で宿題は残っているらしい。どう考えても丸一日、徹夜コースだそうだ。新妻さんも同じような状況で、今日は姉帯さんの家に泊まりこんで徹夜で宿題を終わらせる計画だった。だったのだが、お互いに全く進んでいない真っ白な宿題。やっているところを写しあって少しでも楽をする作戦は脆くも崩れ去ったそうだ。そして絶望からのあのメッセージ、ふたりに何事もなかったのはよかったが、宿題が終わってないのもかなりピンチだ。なんていったて今日は夏休み最終日なのだ。後がない、背水の陣だ。もう片足水に入ってる気もするけど。

普通なら一月かけてやる量なのだ。一日徹夜したところで終わるようなものでもない。いざとなったら、僕の終わっている宿題を写してもらうことも考えなければ、ある意味、一刻を争う事態の中、急いで勉強道具を用意していると、新妻さんからメッセージがきた。

「制服持って来てね。明日はそのまま学校だから。」

ん?制服? 確かによくよく考えれば明日は学校。

今日、姉帯さんの家で徹夜で宿題をするとなると、必然的にそのまま学校に行くことになるのか…。

同伴出勤的な?大丈夫かな。

割と重要なことだったが、急いでいたぼくは深く考えることを止め、言われた通りに制服も準備して出かけるのだった。


「待ってたよ~弟月く~ん。」姉帯さんの家に着いたのはお昼前。出迎えてくれた姉帯さんは憔悴しきっていた。目の下にクマをつくり、足取りもおぼつかない。

「結と朝からやってたんだけどね、全然進まなくて。」よよよよと崩れ落ちる姉帯さん。宿題そのものだけでなく、終わらない焦りと不安とも戦っていたようだ。もう立ち上がる力も残っていないらしい。

うぅ、可哀そうに姉帯さん。普段は身長差で届かないけど、労うために頭をナデナデしてみる。「えへへ。」姉帯さんの目に光が戻ってきたようだ。数えるほどしかした事はないんだけど、効果は抜群のようです。

「あれ、新妻さんは?」

「あぁ、結なら…。」

姉帯さんから新妻さんの様子を聞き、慌てて姉帯さんの部屋に向かう「新妻さん!」ドアを開けるとそこには、机に突っ伏している新妻さんがいた。「う、おと、づきくん?」ぼくの声にかすかに反応する新妻さん。弱弱しく衰弱しているようだ。いつもはサラサラの綺麗な長い髪はかき乱したのかボサボサになっている。きっと宿題と格闘して神経をすり減らしてしまったのだ。

「くっ、新妻さんまでこんな。」

「弟月くん、私、頑張ったよ。」そう言って、第一問だけ解かれた問題集を指さす新妻さん。

「もういい、もういいんだ新妻さん。」乱れた髪を直すようにゆっくりと撫でる。

「えへへ、弟月くんの手 あったかいね。」新妻さんはそのまま目を閉じた。

姉帯さんだけでなく新妻さんまで、こんなことに、許せない。ここからぼくの宿題を出した学校への復讐劇が幕をあける。


わけもなく「はい、じゃあちょっと休憩したら再開ね。」

「ちょとじゃ、足りないと思います!」

「2時間くらい休憩しないと回復しません!」

「もう、終わらないよ。ぼくも手伝うから、がんばろ?」

「はいはい!ご褒美はありますか?」

「お姉さんもご褒美があれば頑張れる気がします!」

「ご、ご褒美って言われても、何がいいの?」そう言うとタイムを取り、話し合いを始めるふたり。この時間ももったいないと思うぼく。しばらくすると意見がまとまったようで頷きあうふたり。

「宿題を頑張るので、休憩のときは弟月くんの膝枕を所望します!」

「ひ、膝枕?」するの?ぼくが?

「お姉さんと結を交互にね、一人ずつじっくり味わいたいので」

「何を味わうのかな⁉」

とまぁ、ご褒美が決定したことで姉帯さんと新妻さんはやる気をチャージできたようで、今度はぼくも含めて机に向かう。ここからぼくたちの長い長い宿題との闘いの一日が始まったのだった。

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