第30話格別な眺め
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
海に行ったとき、お泊りしたときもそれは一緒だった。
屋台めぐりを楽しみ、射的や金魚すくいの勝負で盛り上がったぼくたち。
気付けば、あたりは、すっかり暗くなっていた。
お祭りの終わりも近い。
ぼくたちは買った食べ物を片手に、花火を見やすい場所を探して祭りの喧騒を離れていた。
「どのあたりなら綺麗に見えるかなぁ。」
「河川敷は激コミだったねぇ。三人で静かに見れるところがあればいいんだけど。」
確かに河川敷はかなり混みあっていた。綺麗に花火は見えるだろうけど、あれでは落ち着かない。
「もうちょっと歩いてみようか。ふたりとも慣れない下駄で足は大丈夫?」
「全然平気。それに弟月くん気を遣ってゆっくりと歩いてくれてるでしょ。」
「お姉さんも気付いてたよ。ホント、優しいんだから。ありがとね。」
そう言ってふたりがぼくの顔を覗き込んでくる。
そう面と向かって感謝されると、なんともむずがゆい。
「心配だったから、でも大丈夫ならよかった。」
「あ!やっぱりお姉さん足痛い!だから弟月くん、おんぶして!」
「はいはい、自分で歩きましょうね〜。」
こうしてぼくたちは、ベストポジションを探して夜道をあてもなく歩いていく。
だんだんと祭りの喧騒が小さくなっていき、人気も少なくなってきた頃、小さな公園を見つけた。
公園と行ってもベンチがひとつあるだけの小さな広場だ。子供達が遊ぶようなものもない。
「ここなら落ち着いて花火が見れそうだね。」
「ベンチもあってちょうどいいね、ウチらの貸切だ。」
「静かで、三人だけの世界って感じね。」
公園に入りベンチに腰掛ける。
ぼくを真ん中に左右から姉帯さんと新妻さんが挟むように座る。この並び順もすっかり定着してしまった。
座りながら夜空を眺め花火が上がるのを待つ。
静かな夜だ。姉帯さんの言ったように今この世界にはぼくたちだけしかいないような感覚になる。
「夏休みも、もう終わっちゃうね。」
寂しさを感じさせるような声で新妻さんが呟く。
「今年の夏は楽しかったねぇ。弟月くんのおかげだよ。」
「そんな、ぼくの方がふたりのおかげで一生の思い出がたくさんできた夏になったよ。」
思い返せばまだ数ヶ月前、ぼくは高校生活を一人で寂しく過ごしていだ。
チビで地味なぼくは、いくら頑張ってもクラスメイトに覚えてもらうこともできず、いつも一人で過ごしていた。そんなときだ、隣の席の姉帯さんがぼくの名前を覚えてくれていることを知ったのは、あれがどれだけ嬉しかったか、心の中でありがとうございます!と叫んだものである。
その後は、ある事件で新妻さんとも話をするようになって、ふたりのおかげで学校生活が一気に賑やかに、楽しくなったものだ。目立つふたりと一緒にいたせいか、ぼくのことを覚えてくれる人も増えた。
まぁ、男子からは良くない覚え方をされているような気もするけどね…。
「ぼく、ふたりと一緒のクラスになれてよかったよ。」自然とぼくの口からは感謝の言葉がもれていた。
「弟月くん?」
「あはは、なんか姉帯さんと新妻さんに会えてからは本当に楽しかったなと思って、つい。」
「ふふ、急にどうしたの? はっ!ようやくお姉さんの魅力に!」
「いや、私の魅力にでしょ。」
「あはは」
一人でセンチメンタルな気分になりそうだったけど、ふたりといるとそんな気分もすぐに吹き飛ぶ。
「二学期もよろしくお願いします。」
「不束者ですが、こちらこそ。」
「末永くよろしくお願いします。」
そのままベンチに座って話をしていると、大きな音とともに空が明るく光る。
どうやら花火が始まったようだ。
大きく綺麗な花火が次々を打ち上げられて、暗い夜空を華やかに彩る。
「す、すごいね!」
「うん!綺麗。」
「たまや~!だね!」
「来年もここならゆっくり花火見れるね!」
「いいね、来年もここで花火見ようね、弟月くん。」
「うん!楽しみだね。」
姉帯さんと新妻さんは花火を見ながら自然と来年も誘ってくれた。
何気ない会話なんだと思うけど、ぼくにはそれが、とても嬉しかった。
三人でせまいベンチに座り花火を眺める。
両隣から感じるのはふたりの暖かさ。
花火が上がった夏の夜空は確かに綺麗だった。
だけどぼくは密かに違うものを見ていた。格別な眺めだ。
花火を見上げるふたりの横顔。 その綺麗さに見惚れていたのだった。
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