第29話熱く燃え上がるような


「はい、ラムネ!どうぞ、弟月くん。」

「あ、ありがとう。姉帯さんも欲しいものあったら言ってね奢るから。」

「いいのいいの。気にしないで、ね。」


クラスメイトたちと別れたあと、結局ラムネは姉帯さんが買ってくれた。

なんだか申し訳ないが、せっかくの好意だ。素直に受け取ることにする。


「ラムネって開けるの難しいよね。大丈夫?」

「やったことないからやってみる!」


キャップを使って飲み口にあるビー玉をグッと押し込むとシュワシュワってラムネが溢れてくるやつ!

あれ、やってみたかったんだよね。


「溢れてくるから気を付けてね。」

「うん!わかった!」


意を決してグッと押し込む…

が、力が足りないようで開かない。なかなか、固い。

むきになって力を込めると、ついにビー玉がスポンッと音を立てて落ちる。

しかし、その衝撃でバランスを崩すぼく、溢れたラムネが脚にかかってしまった。


「あちゃぁ、自分にぶっかけちゃった。」

「ぶっかけ⁉」

「明日香ちょっと黙って、大変、すぐ拭いてあげるね弟月くん。」


慌てて新妻さんが綺麗なハンカチを取り出す。


「大丈夫だよ。新妻さん、ハンカチが汚れちゃうよ。」

「ハンカチはいいの。弟月くんの服の方が重症でしょ。」


そう言ってぼくの前にかがみ、優しく濡れたところを拭きとってくれる新妻さん。

ありがたい、ありがたいのだが…


「あ、あの、新妻さん。その辺は危ないっていうか、自分でできるから!」

「え?遠慮しなくていいよ。私に任せて。」

「いや、遠慮ってわけじゃなくね、その辺は危険ゾーンっていうか、なんていうか。」

「…なるほど。」



ゴクリッと唾を飲みこむ新妻さん。あの、早く離れて。


「それでは、新妻 結。懇切丁寧に拭かせて頂きます!」

「ん‼ いや!拭かなくていいからね⁉」

「結が暴走したらお姉さんが止めるしかないじゃない。いつもは逆なのに。」


新妻さんがぼくのデリケートゾーンに触れそうになる直前で姉帯さんのインターセプト!


「くっ、明日香。まさかあんたに止められるなんてね。」

「ふふ、結。私がいる限り抜け駆けなんてさせないわよ。」


ふたりもテンションが上がっているようで何よりです。



「お~い、そこのキミたち!チョコバナナどうだい!安くしとくぜ!」


はしゃいでいて目立っていたのか、目の前の屋台から声がかかる。

チョコバナナ、めっちゃ食べたい。


「ぼく買おうかな。食べてみたい!」

「ならお姉さんも買おうかな。たまに食べたくなるよね。」

「あ、それならラムネのお礼に姉帯さんの分もぼくが買うよ!新妻さんはどうする?」

「私は、まだ大丈夫かな。ありがとうね。」


ラムネのお礼に姉帯さんの分とぼくの分のチョコバナナを買う。

実はこれも食べるのは初めてなんだよね。


「はい、姉帯さんの!チョコバナナって美味しいね!」

「ありがとー弟月くん! ふへへ、弟月くんのバナナ…。」

「おい。」


何故か恍惚とした表情でチョコバナナを食べ始める姉帯さん。

バナナをコーティングしているチョコを舐めとるように食べていく…


うん、なんだか直視できません。


なるべく姉帯さんの方を見ないようにチョコバナナを食べる。

味はよくわからなくなっていた。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




チョコバナナを食べた後

ぼくたちはそのまま出店を楽しんでいた。


「うわぁ射的だ。漫画とかテレビで見たことならあるよ。」

「う、ぅ。だんだんと不憫になってきた。よし!弟月くん、お姉さんと射的で勝負よ!」

「じゃあ私が審判ね。」


姉帯さんも射的をやりたかったようで真っ先に出店に向かっていく。

ぼくもやってみたかったから丁度いい、姉帯さんのあとを追いかけ射的屋に向かうのだった。


お金を払って銃と弾丸を受け取るぼくと姉帯さん。

どうやら一回10発のようだ。


「審判って何するのよ、結?景品取れた方が勝ちでしょ?」

「ん〜芸術点的な。」


適当らしい。


「弟月くん、これは勝負よ。勝負というからには敗者は勝者の言うことをきく必要があります!」

「そ、そうなんだ。」

「そうなんです!敗者は何でも一つ言う事を聞く。勝者の権利はこれでいいわね?」

「う、うん。わかった!」


姉帯さんの目は本気だ。 勝負師の目だ。

射的勝負にかける本気度が嫌でも伝わってくる。


場の空気がチリチリと焼けるように痛かった。


「それじゃあふたりとも、準備はいい?文句なしの一回勝負!」


急に審判として取り仕切り始める新妻さん。ノリがいい。


「暑く、燃え上がるような勝負をしましょう。」


妖艶な笑みを浮かべた姉帯さんが呟くように言った言葉にぼくは静かに頷いた。


「それじゃ…試合、開始!」


新妻さんの合図で銃を構える ぼくと姉帯さん

今、戦いの火蓋は切って落とされた!


足を肩幅に開き重心を少し後ろへ、平衡感覚を保つため、頭は傾けずにサイトを覗き込む。


まるで射撃の名人が乗り移ったかのような理想的な姿勢でお互いがサイトの中心で捉えたマトに銃弾を放つ。


ひとつ、またひとつ、躊躇なくどんどんと銃を撃つぼくと姉帯さん。


競い合っているはずなのに、なぜか感じる一体感。


射撃の手を緩めず、こちらを見て笑う姉帯さん。

ぼくが銃を撃つたびに歓声をあげる新妻さん。

ノリについていけない射的屋のおじさん。


今、この場は熱く燃え上がる勝負によって、ものすごい一体感を出していた!


こんな感覚、初めて…。

もう、なにも怖く…。









「お二人さん下手っぴだなぁ。一発も当たらんなんて滅多にいないよ?はい、参加賞のティッシュ。また来なよ。」



「……。」

「…結、芸術点は?」

「まぁ弟月くんに入れようかな。」

「ですよね〜。」


「ぼく、めっちゃ下手だって、射撃。センスのかけらもないって…。」ズーン


「そ、そこまでは、言われてなかったよ!元気出して弟月くん、ほら!あそこに金魚すくいがあるよ!」

「…金魚?」

「そうそう、やってみたかったんでしょ?今度はあれで私と勝負しよ、ね!」

「…うん、ぼくやってみたいです!」

「そうこなきゃね!さっそく行こう!」

「じゃ、今度はお姉さんが審判ね。」


射的は散々だったけど金魚すくいこそ本命!

意気揚々と金魚すくいの屋台に向かう。



「お、やるかい?お二人さんは付き合ってんの?」


気さくそうな屋台のおじさんだ。でも、流石にぼくと新妻さんでは釣り合いが取れなすぎてお世辞にも聞こえない。


「はは、そんなまさか…」

「付き合ってます!」

「えぇええ⁉︎新妻さん⁉︎」

「あ、お姉さんとも付き合ってますよ。」

「ちょちょ、姉帯さんまで何を⁉︎」


「ボウズ、やるじゃないの。一回分おまけしてやるよ?」

「いやいや、冗談ですって⁉︎」

「あ、じゃあそれでお姉さんもやろうかな。」

「明日香、審判は?」

「よく考えたら審判いらないかなって。」


それぞれがポイを受け取って配置に着く。


「弟月くん。この勝負、負けた方は、勝った方のお願いを何でも一つきくってことにしない?」


ポイを構えてギラついた目で金魚を睨む新妻さん。

この勝負にかける本気が、ってさっきもあったなこの展開。


「もちろん、どっちが勝っても恨みっこなし。」

「わ、わかった。いいよ。」


「絶対に負けられない戦いが今!始まろうとしています。」

姉帯ナレーションがつき始めた。


「では、いざ尋常に、勝負!」

何故かスタートの合図を出す屋台のおじさん。


ふと、新妻さんを見ると…

新妻さんはぼくを見て不敵な笑みを浮かべていた。


「熱く燃え上がるような勝負、楽しみましょう。」


そう言った次の瞬間!

浴衣の袖を捲り上げ、淀みない動作で金魚を次々にすくおうとしている!

なんて無駄のない洗礼された動きなんだ⁉︎


ぼくが今やるべきこと、それは…

あの新妻さんの動きを完全にコピーする!








「お二人さん下手くそだなぁ。勢いよくやりすぎなんだよ。すぐ壊れちまったな。」


「……。」

「…ま、こんなところかな。」

「お嬢ちゃんに一匹やるから元気だしな。」




「結、下手くそだって、ふふっ。」

「笑うな!」



結局、姉帯さんも一匹もとれていなかったんだけどね。

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