第6話 スウィーツ☆タイム
「弟月くん はい、あ~ん」
「ちょっと、明日香!今度はわたしの番でしょ! お、弟月くん、はい あ~んってして、、、」
「いいじゃん結!ほら、弟月くん、こっちのケーキのほうが好きでしょ どうぞ♪」
「いや、こっちのが美味しいと思うよ!」
「いや、こっちのが」
「いやいや、」
「いやいや、」
状況はこうだ。
僕は今、学校から少し離れた駅にある。オシャレカフェにいた。
ランチタイムはとうに過ぎ、ディナーにはまだ早いこの時間。人気のカフェも客はまばらだった。
コーナーにあるテーブル席に着いているが、何故か対面の椅子の席には誰もいない。
ぼくが座っているソファー側に、
姉帯さん ぼく 新妻さん の並びで座っていた。
普通は二人で座るスペースであるはずの席に三人で並ぶと、なかなかに狭く、なかなかに密着していた。
「はい、弟月くん あ~ん…」密着しながらケーキを進めてくる姉帯さんはとても柔らかかった。
「弟月くん、どうぞ…」すごく近くまで来てケーキを食べさせようとしてくれる新妻さんはとてもいい匂いがした。
ぼく、無事に帰れるのだろうか…。
いろいろと意識しないよう、無心になろうとしたが無理だったぼくは、どうしてこんな状況になったのか一人で遠い目をしながら振り返っていた。
~さかのぼること数時間前 放課後の教室~
授業がすべて終わったあとの解放感にクラスが包まれていた。
みんなが勉強で凝り固まった身体をほぐしながら、それぞれ部活や遊びにいくために動き出していた。
そんな中、ぼく
数日前にあった 通称”タバコ事件”を解決してからというもの、それまでは地味で影が薄く誰にも覚えてもらっていなかったぼくも、全員ではないけど、少しずつクラスメイトに認知されるようになっていた。
「じゃあな弟月くん、また明日。」
「あ、山田くん 部活頑張ってね。」
どうですか、これ? まだクラスの3分の1の人くらいだけど、名前を呼んでくれる人が出てきたのです!
ぼくも有名になれたかな。
そんな感動に浸っていると 隣の席から声がかかった。
「弟月くん!今日さ、例のスイーツの旅、行っちゃわない?」
モデルのような長身に、明るい茶色に染められたセミロングの髪。
そして、男子なら思わず二度見してしまうほど発育の良い身体はクリーム色のカーディガンの上からでもはっきりとわかるほどだ。
「昨日、明日香といいお店見つけておいたんだ。よければどうかな?」
前の方の席からもう一人女子生徒が近づいてくる。
サラサラとしたロングの金髪は彼女が来ている紺色のカーディガンと対称的で、一層存在感を際立たせている。短いスカートからスラッと伸びる細い脚は、男子のぼくから見ても羨ましいほど綺麗だった。
クラスでも地味な存在のぼくだけど、隣の席という恩恵を受けて姉帯さんには名前を覚えてもらっていた。
そして、最近起こったタバコ事件を解決してから姉帯さん、新妻さんとはよく話をする仲になれていた。
ぼくの最近の目標は今のところ、クラスで一番話をしてくれるふたりと友達になることだった。
そして、そのチャンスが巡ってきた!
あの事件のあと、感謝の気持ちを込めてみんなでスイーツを食べに行こうと約束していたのだ!
ぼくとしては願ってもない話 この機会にSNSのアカウント交換とか友達みたいなことをいっぱいしてみたい!
「もちろん!ふたりが見つけてくれたお店、楽しみだなぁ」
「カフェなんだけどね、そこのケーキ!美味しいって有名なんだ。」新妻さんは顔を綻ばせながら教えてくれた。
これはかなりのケーキ好きで間違いないですね。
「じゃ行く前に、SNSのアカウント教えてよ弟月くん。」スマホを取り出しながらサラッと姉帯さんが大切なお話を始めていた。
あまりの自然さに一瞬思考が停止する。
え、SNSのアカウント?ぼくの?姉帯さんが?
「そうだった、昨日お店のこと送ろうとしたら、明日香 知らなかったんだよね。隣の席なんだから知ってると思ってた。」
「だって、いきなり聞いちゃったら引かれないかなって思ったんだもん!」
はっとして現実に戻ってくると、新妻さんも姉帯さんと一緒にスマホを取り出して待っていた。
これは夢ではなかろうか…。
ふたりから連絡先を聞かれるなんて!
ぼくの考えていた計画では、今日のスイーツの旅で仲を深めて、その後も一年はかけて仲良くなってからでないとたどり着けないと思っていた領域。
それを、こんなあっさり いいの?
「え、いいの?」あまりの衝撃に心の声がそのまま漏れた。
「いいのもなにも、よければっていうか…。」サラサラの長い髪を指でくるくるしながら答えた新妻さんの表情は少し不安そうで、
「お姉さんに教えて欲しいんだけど ダメ、かな?」上目遣いで聞いてくる姉帯さん。そんな目で見られたら ぼくはもう…。
「むしろ!こちらこそ!お願いします!」スマホを取り出しつつ、きれいに90度のお辞儀を披露していた。
「ホント⁉︎お姉さん嬉しい!」
「……よかったぁ。」
嬉しくてテンション上がってる様子の姉帯さんと心底安心しているような新妻さん。
ぼくの中のかわいさメーターが爆破していた。
その後、ぼくは高校生活初の連絡先交換をした!
スマホをふるふるした!
☆☆☆☆☆
お、おおぉ…。
ふたりについてカフェに来たぼくは、あまりのオシャレさに若干たじろいでいた。
外観からして可愛さに溢れている作り、窓から見える店内には女性客しかおらず、男性が入る敷居を余計に上げていた。
ていうか、ぼく一人なら絶対に入れない。
女の子について行くだけです!と心の中で誰にでもなく言い訳を始める。
姉帯さんと新妻さんという存在がなんとかぼくの心を支えていた。
「ここなんだけど かわいいでしょ?」
姉帯さんにコクコクと頷く
「じゃ、さっそく入ろっか。」
ぼくが頷くのを見て安心した様子の新妻さんが店内に入っていく。ぼくはタダ着いて行くのみ!
店内はランチタイムもすでに終わり、ディナーにはまだ早いこの時間のせいか、客はまばらで席にはすぐに着くことができそうだ。
店員さんに案内されたのは、ソファと椅子の四人席だった。
ぼくは始め どう座るかなんて考えていなかった。
普通に姉帯さんと新妻さんにソファ側に座ってもらった方がいいだろうと、軽い感じで言ったのだ。
「じゃあ ぼく椅子でいいよ!ふたりでソファに座って、、」
「いや!弟月くんもソファに座りなよ!楽でいいよ!」
食い気味で新妻さんがソファに座るように進めてきた。
「そ、そう?僕は大丈夫だから気にしないでいいよ?」
「まぁまぁ弟月くん、結は隣で座りたいんだよ。ほら。」
姉帯さんに言われるままに席を見るとすでにソファの奥に座り席をポンポンと叩いて、こっちを見ている新妻さんがいた。
ここに座りなさい という無言の圧力を感じた。
逆らえなさそうな気迫を感じてそのまま新妻さんの隣に座る。
仕方ない、姉帯さんには悪いけど椅子の方に……。
姉帯さんもそのままぼくの隣に座っていた。
「え?え⁉︎ 姉帯さんまでこっち⁉︎」
「え〜お姉さんだけ仲間はずれは寂しいから 嫌。」
くっ、そんな可愛く言われても、、、
「でもテーブルの長さ的にふたりが限界かなって…。」
「それなら、ぎゅっと詰めたら平気っしょ!」
ズイッと姉帯さんが詰めてくる。大きなお胸がムニっと密着してきた。
「ほあぁ⁈」びっくりして後ろに身を引くと、 ふにっ 手が新妻さんの生足に触れてしまった。
「ふああ⁈」慌てて手をあげ、ごめんなさいと謝るが新妻さんはまったく気にしていないようでメニューを見ながら ? と首を傾げていた。
一人であたふたしていたせいか、店内に入ってからドッと疲れた。甘いもの。美味しい甘いものを食べて回復しよう。
「どれにしよっか? あぁ迷う。」メニューを見ながら新妻さんは悲鳴のようなため息をついている。
一緒にメニューを見せてもらうと、確かに どれも美味しそうで魅力的だった。
「あ、パフェもあるんだね…。」
「パフェもいいよねぇ、、」×2
余計な選択肢を増やしてしまったようだ…。
それから それぞれが苦渋の選択をして注文を決めることができた。
ぼくは結局パフェ 季節限定のにやられた。
姉帯さんはガトーショコラ、新妻さんはサバランと初志貫徹でケーキを注文していた。
時間帯がよかったからか、注文すると、それほど待たずにケーキ様とパフェ様がやってきた。
「おぉ なんて壮大なお姿、、」パフェはかなりの大きさで食べがいがありそうだった。
「すっご!おっきいねパフェ⁉︎写真撮ろ!」ふたりはパフェに興奮気味だ。
ていうか、そうか食べる前に写真 覚えておこう!
ふたりの真似をして一枚パフェの姿をスマホにおさめておく、確かにこれは思い出になる。
「弟月くん もうちょっとこっちきて。」グイッと姉帯さんに引き寄せられる。
やだ、イケメン…。
なんて思う余裕はなく、その豊満な胸に埋もれたぼくは借りてきた猫状態。
「結〜 撮って撮って!」
「明日香、あんたね 次私と弟月くんで撮ってよ。」
「三人でも撮ろうね!」
パフェとケーキを交えては、姉帯さん、新妻さんと写真を撮るたびに、ふたりと密着することになり、ぼくの心臓は激しくビートを刻んでいた。
食べ始めるころには、すっかり心労で疲れ果てたぼくは、ちょぼちょぼとパフェを食べては少しずつ体力を回復させていた。
あぁ~ パフェ美味しいぃ あまぁい…。
ふたりの密着攻撃に疲れ果てていたぼくは、まわりの状況の変化に気づいていなかった。
「ねぇ、弟月くぅん 私のケーキ美味しいよ。食べさせたげよっか?」いきなり姉帯さんが横からしなだれかかってきて耳元で囁いてきた。
「へ? いいの?」
甘い声にゾクゾクッとしつつも、ケーキも食べたかったぼくは素直に聞き返す。あわよくば一口でもガトーショコラを食べてみたい!
「もちろんだよ。 はい、あ〜ん…。」
あまりの出来事に思考が追いつかず、言われたままに口を開けると、姉帯さんがケーキを食べさせてくれた。
「どうかな? 私のケーキ 美味しい?」そのまま耳元で囁かれる。正直味なんてわかりません!
「じゃあ 私のケーキも食べてみて、弟月くん。 あ〜ん。」今度は新妻さんが腕を絡ませながら、もう一方の手でケーキを差し出してきた。
わけもわからずケーキを食べる、普通ならたぶん美味しさを感じるだろうが、ふたりに密着されたこの状況で「あ〜ん」なんてされたら、僕はもう混乱しまくっていた。
そのままふたりにケーキを食べさせてもらって数口…。
「弟月くん はい、あ~ん」
「ちょっと、明日香!今度はわたしの番でしょ! お、弟月くん、はい あ~んってして、、、」
「いいじゃん結!ほら、弟月くん、こっちのケーキのほうが好きでしょ どうぞ♪」
「いや、こっちのが美味しいと思うよ!」
「いや、こっちのが」
「いやいや、」
「いやいや、」
これが今の状況だった。
あまりの状況に、ただただケーキを食べていた無能なぼくだったが、ここであることに気付いた!
このケーキ……。
お酒が入ってる!
ケーキによってはお酒が入っているものがある。ふたりのケーキがまさにそれだ。先程から微かにだか匂いを感じていた。
ふたりは なんだか頬が赤く、目が潤んでいる。
姉帯さんは普段からボディタッチが多い方だか、いつもの新妻さんはその辺しっかりと姉帯さんを止めてくれる。
しなだれかかってくるふたりの身体はポカポカしてあったかくなっていた。
これ、酔ってますよね?
でもケーキで酔っちゃうの?お酒弱いのかな?
「弟月くん、どうぞ。」
「お姉さんのケーキが食べられないって言うの?」
言ってません。
「すいません!お冷!ボトルでください!」
本格的に酔っ払いになりつつあるふたりに、接待のように水をつぎ、何とか落ち着いてもらうのだった…。
☆☆☆☆☆
「な、なんか今日は、ごめんね。」
「お姉さんも、途中の記憶が…。」
ハハッと若干恥ずかしそうに新妻さんが謝ってくれた。
「気にしないで、ぼくはふたりと一緒に来れて すごく嬉しかったよ!」ニコッ
「……。」 カァー
「……。」ゾクゾクッ
なかなか心労はたまったが、友達と学校帰りに寄り道ができるなんて夢のようだったぼくは素直に感謝の気持ちを伝えてみた。
またふたりと遊びに行きたい。心の底からそう思うほど楽しい時間だった。
「ま、またふたりと一緒に来たいな。よかったらだけど…。」
「! もちろん!また来ようよ!」
「よぉし お姉さんが違うお店も探してあげる!スイーツの旅第二回!楽しみだね!」
ふたりも楽しんでくれたみたいでよかった。
嬉しい次の約束までして、その日は解散した。
夜、ぼくはカフェでみんなで撮った写真を眺めながら眠りにつく、明日もいい日になりそうだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます