第九話 眠り姫
白い肌が太陽の照り返しで美しい輝きを見せた。
ゴミの山にいる私と、そこから少し離れたところで見る少女。幼いロリータをイメージさせるかのような、ふわふわのフリルだらけの服を着ている。
私を見る目蓋は今にも閉じたままになってしまいそうなくらい開いたり閉じたりを繰り返す。今にも眠ってしまいそう。
「大丈夫……なんて言えないわね……」
ゴミ山近くに散乱したゴミを見て大丈夫だと、主観はともかく客観的な視点を持っても思えない。DLSの端末も壊しちゃったみたいだし、おまけに足首がズキズキ痛みを訴える。
「おねぇさん、ちょっと待つの」
少女は肩から掛けていた小さなポシェットから小さなケースを取り出した。ケースの箱を開けると傷に貼るテープや短い包帯が折りたたまれていくつか入っているのが見える。
少女は私の傍に来て、小さな手を器用に使い、ケースの中に入っていた消毒液と布が出てきた。
「少し染みるから我慢するの」
そう彼女は言ったあと、私の腫れていた左の足首に消毒液を掛けて……。ピリピリと痛みがするが、できるだけ優しく布で患部にいきわたるように動かしてくれているみたいだった。
その後も慣れた手つきで私の腫れの応急処置をしてくれる。
「ありがと……えっと、慣れてるんだね」
見た感じだけど、少女は中等教育を受けるくらいの年代に見える。学校では的確な応急処置を習うみたいで助かった。
「慣れてる……から……」
そうよね。子供って怪我をしがちだもの。
応急処置が完了したらしい。足首の痛みは引いていた。それでも、軽く動かすと鈍い痛みがするから、ギンヤを追いかけていくことなんかは難しそう。
でも、立ち上がるくらいならできそうだった。少し右足に体重をかける形で立ち上がる。
その途中で自分についた嫌な臭いを認識した。
「うぇ……」
家に帰ったら洗濯しなきゃ。臭いが落ちると良いんだけど。
「お姉さん……無事で……よかった」
「ええ、あなたのおかげで助かったわ。ありがとう。お礼をしたかったけど、今、DLSの端末が壊れちゃってて」
「……大丈……夫……」
ふらりと少女の体から力が抜けたのが分かった。
思わず彼女が地面にぶつからないように抱き抱える。
「くぅ……!」
左足の足首が強烈な痛みを訴えた。私と彼女の体格に大きな差がないようで、少しずつ体が押されていく。それでも、少女を地面と衝突させるわけにも行かない。ゆっくりと腰を下ろしつつ、ゴミ山の近くで見知らぬ少女に膝枕をする構図に切り替える。
「いったぁ……。何なの……急に眠っちゃった?」
少女は静かに寝息を立てる。
もしかして……
聞いたことがあったのだ。DLSがこの症状を持った人物の就業問題を解決したと。夢の世界で仕事ができる時代であるが故に、突然眠くなる現実で仕事をする必要がなくなったと会社に感謝状が届いた。
だけど、この病気がなくなったわけじゃない。現実で行動する場合は未だに問題はあるわけだし。
「まったく、この子の保護者はどこにいったのよ」
私がいたからよかったものの、地面に頭をぶつけていたら大ごとだった。
少女の頭をゆっくりと撫でる。
安心しきった表情で、眠り続けていた。
――まるで昔の私みたいだった。
――彼女ほど起きて回るなんて出来なかったけど。
「ごめんね、ちょっと中を見させてもらうわ」
少女のポシェットの中に手を入れる。財布か何か、保護者への連絡先が書かれているものを見つけて、連絡しないと。さっきの店主さんを呼んで、保護者の人を呼んだりして。
ポシェットの中には応急薬なんかが入っていたケースの他に楽譜なんかも入っていた。さらに奥に手を入れると、一枚の紙に行きついた。そこに記載されていた名前は――。
「ん……」
眠り姫が眠りから覚めたようだった。慌てて紙をポシェットの中に戻す。
彼女はゆっくりとした動作で起き上がった。まだ寝ぼけているようで、体をフラフラと左右に揺らしている。
「ねぇ、あなた……大丈夫?」
最初に聞かれたものを聞き返す。
まだ眠そうに眼を擦っている。
「大丈……夫……」
「そう……良かった」
くあっと、彼女は欠伸をする。そして、腰に手を回される。
「……すごく眠たくなるときがあるの。いつもは眠っていても大丈夫なんだけど、お姉さんの匂いを嗅いで安心しちゃったの」
な、何を言っているのこの子は?
「でも、私、今、ゴミ山にツッコんだばかりで臭いが……」
「ゴミの臭いじゃなくて」
彼女の顔が近づく。妙に色香がある表情を私に見せる。本当に不思議。この子、本当に子供とは思えな……。
「やっぱり、あなたの匂いは落ち着くの。ねぇ、”アルフィーネ・ティーラー”さん」
――あの紙に書かれていた名前は私の名前だった。
――なんで? 私のことを知っているの?
「……どうして、私を?」
少女は開いたままになっているポシェットに視線を落とす。
「……勝手に個人のことを調べてしまっていて、ごめんなさいなの。……今、私が『眠り姫』って言われてて、それで気になって調べたの」
「今の『眠り姫』?」
少女はそうなの、と首を縦に振った。
「あらためて、はじめましてなの、アルフィーネさん。私の名前は
「葛城……アヤ……」
芸能ニュースに疎い私でも聞いたことがあった。
眠り姫、葛城アヤ。卓越した演奏技術はさることながらDLSの端末を利用して、
「アヤは……どうして、こんなのところに?」
そんな有名人が人気のない場所でうろついているのも妙。
「……あんまりこういうことは言っちゃだめだけど、近くにかかりつけ医がいるの」
「あら……踏み込んだことを聞いたみたいでごめんなさい」
「別にいいの。どうせ、この病気が治ったらみんな私のことなんて見向きもしなくなるはずだから」
アヤはさらに私の服に顔を埋めて匂いを嗅いでいた。鼻をこすりつけられるたびにくすぐったく感じる。
「ちょ、ちょっと!」
「……やっぱり、私の好きな匂い……。ねぇ、アルフィーネさん」
ゴミのついた私の匂いが好きなんて、やっぱり天才というのは変わっている人が多いと言うのはホントらしい。
「なぁに?」
「もういっその事、なんでも夢の世界だったらよかったのに、って思わない?」
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