第七話 無実を証明するために

 思い返せ、私。


 “透明な蝶”という言葉から、疑問が頭の中を巡り口から吐き出される。


「ナホをネットストーカーしていた男は、電夢麻薬所持の容疑で逮捕したと、ヤマトから聞いたわ。犯行方法……ボットを使った手口まで探偵さんが推理した通りだった」


 この間のネットストーカー事件の犯人は、私が偶然印刷させた記録ログとナホの証言により、あっけなく逮捕された。その手口のいくつかはニュース系メディアにも載せられている。


 奇妙なのは、どうやってその手口に気づいたかだ。


「ねぇ、探偵さん。ネットストーカーのギンが、連れていた男がボットだってどうやって気づいたの? 探偵さんが来たときのことを考えると、見たのは歩行や連れていかれるときの動作だけだったと思うのだけど」


 まるであの店内に入ってきたときから、あの男がボットだということに気づいている口ぶりだ。

 ギンヤは変わらず落ち着いた口調で答える。


「……一目で、中に人がいない、つまりボットだと気づいた、と言っても信じてもらえるか?」

「へ……?」


 一目で分かった? そんなの理由に……。


「捕まった男の動きに、人らしい動きが一切なかった。俺には分かった。少なくとも捕まっている状態で、あの何の感情もない動きをできるやつは人間じゃないってな」


 確かに、そういうものは電夢の世界でも出るかもしれない。でも、電夢世界は夢の中なはず。現実世界で機能する視覚器官をそもそも持ち込んだりは出来ない。夢の見え方に個人差があるとは思うけど、どんな洞察力を持っているの。


「元々目がよかった。だが、十年前にとある出来事・・・に合ってから、なぜか見えるものがよく理解出来るようになった。信じられねぇだろうがな」


 ――十年前……。多分、あの事件・・のことだ。


 ひじをついてギンヤは溜め息を吐いた。どことなく諦めと同じものを感じる。


「一度、俺は透明な蝶に襲われてアカウントを消されてる。ストーカー男が消えたときも同様に透明な蝶がいた。だが、俺だけにしか見えないものは証拠にならない。だから、あの蝶がいるっていう証言が欲しかった」


 自分にしか見えないもの。確かにそんなものは証拠にならない。ただの妄想だと一蹴できてしまう。

 だけど、今、証拠に繋がりそうなものはそれくらいしかない。


「……“透明な蝶”について調べてみましょう。アカウント削除事件の被害者に会って透明な蝶を見ている人がいないか、それを私と探偵さんで聞いてまわるのが良さそうね」


 だったら、その話の信ぴょう性がどうとか言う前に行動すべきね。他にヒントがないのだもの。


「ありがとうハッカーのお嬢ちゃん」

「別に信用したわけじゃないわ。他に調べるものがないだけよ」


 ギンヤは二人を交互に見る。


「……ナホ、アカネ。君達も“透明な蝶”について調べてくれないか? なにかあれば、ハッカーのお嬢ちゃんが何とかしてくれると思うが、無茶は避けてくれ」

「任せてください!」


 間髪入れず、ナホは元気よく返事をした。

 私の隣に座っているアカネは神妙な顔つきで、なぜか顔を近づけてくる。


「あの、ハッカーちゃん。報酬の話です」


 小さくで可愛らしい顔。目を大きく見せ、肌色が明るく見えるように化粧をしているのが、不思議と大人っぽい。メイクなんて興味がなかったけど、こんなに近づかれると照れてしまう。


「ああ……そうよね。いくらくらいが……」

らくジュンイチがどこにいるか知りませんか?」


 歯車がハマった感覚がする。そうだ。私はこの子を見たことがある。この子は!


「お兄ちゃ……ジュンイチ兄さんを探しているんです。DLSにいるなら、何か知っているはずですよね?」


 まくしたてるような言い方。必死になってる。


 ジュンイチ先輩に小端末で見せられたときから、お兄ちゃん子だったわね。ジュンイチ先輩もジュンイチ先輩で本当に妹を可愛がっているようで、何度も自慢をされたもの。その時、画面に映っていた先輩の妹が、こんなに美人になっているなんて思わなかった。


「ジュンイチ先輩は……」


 本当は警察から口止めされている。親族にすら秘匿していることを考えると随分徹底しているわね。

 だけど、調査をしていればいつか辿り着くはず。


「……行方不明よ。私達にもどこにいるのか分からないわ」

「そんな……」


 行方不明。ただ、この言葉の意味は、今だと随分と意味が変わる。


「もしかして、著名人失踪事件か?」


 それを最初に口にしたのはギンヤだった。


「最近、ニュース系メディアは、その記事ばかりになっていだったからな。現実世界で活躍する政治家、スポーツ選手、芸能人と売れに売れている人物達が、だいたい一か月前くらいから行方知れずになっている。まさかその事件に巻き込まれたっていうことか?」


 全員が同じ事件に巻き込まれているか、それは警察だってわからない。だけど、問題はジュンイチ先輩がいなくなっているということだ。


「楽ジュンイチってアカネのお兄さんで、DLSの基礎を開発した人ですよね! でも、わたし、ニュースで聞いたことないですよ?」


 ナホが語る通り、楽ジュンイチ失踪は警察に、いや政府によって隠匿されている。私達社員にも関連する事象を語ることを禁じられている。

 とはいえ、勘の鋭い人――先輩の妹さんは気づいていたみたいだけど。


「やっぱりそうなんですね。しばらく家に戻らないし、聞いてもDLS内で寝泊まりしているとはぐらかされていましたから……」

「アカネ、あなたの本当の目的って、ジュンイチ先輩を?」


 アカネは静かにうなずく。

 アカネの本当の目的は兄である楽ジュンイチを見つけ出すためなのね。探偵とDLSの社員である私なら、何か情報を持っているって思っても仕方がない。


「……なぁ、ハッカーのお嬢ちゃん。その情報は聞かれていいものなのか?」

「当然ダメな情報よ。だけど、私の目的について話をしなきゃいけないから」


 私にも目的がある。まだ、ジュンイチ先輩には恩を返し切れていないから。


「探偵さん、私、ジュンイチ先輩の無実を証明したいの。あの人は、著名人失踪事件に巻き込まれているだけだって!」


 アカネが私を見つめてくる。


「アカウント削除事件と著名人の失踪事件の発生した時期は、ほとんど同じなの。だから、警察はアカウント削除事件、また失踪者事件の容疑者として失踪した楽ジュンイチを探している」


 だから、警察は著名人失踪事件の解決に人員を割いている。私がジュンイチ先輩と接触したときのために、監視を行っているのがヤマトだ。ヤマト本人からそう聞いた。


「ジュンにいがそんなことするわけないじゃないですか!」


 声を荒げたのはアカネだ。気持ちは分かる。


「なるほど、警察は『楽ジュンイチが犯人だ。失踪したのは、アカウント削除している犯人が自分であることを隠すためで、自分が隠れたことを隠すために失踪事件を引き起こしている』と、言っているわけか……。実際、DLSの最高責任者かつ開発者ともなれば、足跡を残さずにいじれる裏口バックドアを用意することも容易だろうな」

「そんな結論ありきで、ジュンにいを探しているなんて馬鹿じゃない!」


 ドン、と殴った勢いで机が揺れる。木が割れるような嫌な音が聞こえたけど、気のせいにしておく。


「アカネ先輩! 私達で真犯人を捕まえましょう!」


 目の前で、ナホがアカネの手を握る。落ち着かせようとしているようだけど、私をまたがないでほきい。普通に喋り辛い。


「と、ともかく。こんな結論ありきの内容を私は打開したいの。ジュンイチ先輩は、人に迷惑をかけることなんてできない人だったって証明してやりたいのよ!」


 あんなに、心から楽しそうに物を作る人が、人の夢まで壊すなんてありえない。ましてや、失踪なんて絶対にありえない!

 ギンヤがその場ですくりと立ち上がった。


「……だが、この事件、本当に楽ジュンイチが犯人かもしれない。それでもいいのか?」


 間髪入れずに言ってやる。


「私はジュンイチ先輩のことを信じてる。あの人は絶対にこんなことをやったりしない!」


 席から離れ、店内の中央で顎を撫でていた。それでも、結論は出たらしい。


「分かった。この事件。探偵・青色ギンヤが請け負った」


 ギンヤはそう宣言した。


 この時は、DLSアカウント削除事件と著名人失踪事件の繋がりを疑えなくなる出来事がすぐに訪れるなんて、私達は誰も思っていなかった。

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