第六話 アカウント削除事件の謎
「じゃあ、ハッカーちゃん、って呼びますね!」
「はぁ?」
なんで”ちゃん”付け? そういえば、最初に私を呼んだときも女の子ちゃんだったし。
鏡で見れば相当なしかめっ面になっていたと思う。そんな私の手を引いたのはナホだった。
ギンヤの正面に座るような形で、私は唯一のテーブル席に腰を下ろさせられた。今日知り合ったばかりの女の子二人に挟まれるような形になる。私の体が小さいせいか、三人座っても焦げ茶色で横長の椅子には、誰かが座れる余裕があった。
「すみません、店主さーん。アイスコーヒーお願いしますー? あ、ハッカーちゃんは何を飲みます?」
「あ……そ、それじゃ私もそれで……」
圧倒的なコミュケーション能力に気圧される。これが、ゲームの世界であれ、メイドの仕事を行う女の子の力なのね。
いや、その前に。
「あの……あなたたちは一体何でここにいるのよ?」
「それは俺から答えるよ、ハッカー」
正面から、ギンヤが低い声で答えた。椅子に座り直してから、ギンヤは口を開いた。
「彼女たちには、君から依頼されているアカウント削除事件の捜査協力者になってもらおうと思っている。具体的には、ゲーム内で情報の収集をしてもらう予定だ」
「な……!」
何を……考えているの? これは事件で、未成年を巻き込むのは危険でしょ!
「私が提案したんです、ハッカーちゃん」
身を乗り出そうとした瞬間、隣からアカネの声がした。しっかりしていそうな子だと思っていたのに。
「ナホが勝手に青色さんを手伝おうって言っていて……ストーカー被害に合ったというのに、警戒心なさすぎるんです。このままだと、勝手に変なことをして、逆に危険な目に合うんじゃないかって」
丁寧に自分の後輩を罵倒している。
でも、確かに今日の彼女を見ていて、誰にでもついていってしまいそうなところがあると思った。
「熱心に協力すると言われてしまってな。あくまでも、DLSの中の噂話の収集を主に担当してもらうつもりで考えている。実際の調査については、俺とハッカーの二人で行う。それが一番安全だからな」
下手に手を出されて、二次被害が発生するよりもずっとマシよね。
「はい! 精一杯お手伝いします。一応、私、ファンサイトを持っていて……そこにいる人に呼びかければ、皆協力してくれると思う!」
意気揚々と返事をするナホを見て、やっぱり不安になる。大丈夫かしら。
コトンと、自分の前に縦長のガラスのコップが置かれた。中には、氷とコーヒーが入っている。コップの傍にガムシロップとミルクの入った小さなカップが添えられた。それがちょうど三人分ある。
「店主さんありがとう!」
「店主さん、ありがとうございます。いただきます」
店主の男はすぐに背中を見せる。少し口角が上がっているようだった。
「それじゃ――さっそく、仕事の話をしよう。ハッカーのお嬢ちゃん、言える範囲で事件のあらましについて説明してもらえるか?」
ある程度はヤマトから聞いていると思っていたけど。まぁ、この子達への情報共有を兼ねてってことよね。
「……わかったわ」
手首のブレスレット型端末を操作して、三人に資料を送る。
最初に送ったものは、DLSの仕組みについての案内だ。DLSの端末を持っていれば、目の前に立体映像として資料が表示されるはず。
「勉強ぅ……?」
ナホは実に嫌そうな表情を浮かべる。
「まずは、前提から。
最初に答えたのは、優等生な雰囲気に満ちたアカネだ。
「授業でも習います。個人の夢にネットワークから干渉を、また個人の夢からネットワークに干渉できるようにした次世代のインフラだと」
「ですけど、寝ながらネットワークができるだけですよね? そんなに凄いものなんですか? 水道や電気と違って、なくても別に生活に困らないような気もするんですけど……」
教科書に自分達が作ったものが載っている。素直に嬉しいけれど、やっぱりまだ若い子には理解されにくいのかもね。でも、この発明で――。
「……『DLSの発明により、人類は更なる時間を得た』」
アカネが続く言葉を答える。
――何かを思い出しそうになった。
アカネという名前もどこかで……。
「あ! 確かDLSを作った人の言葉ですよね!」
ナホの言葉に「ああ」とギンヤは頷く。
「お嬢ちゃん達にはピンと来ないかもしれねぇが、人ってのは二十五年分くらいの時間を寝て過ごす。その寝て使えない時間を使えるようにしたのがDLSっていう訳だ」
口をポカーンと開けたままにするナホと、その反面資料を見続けているらしいアカネで随分と反応が違った。
「でも、今、このDLSを活用するために必要な個人情報……アカウントが消えてしまう事件が起きているの」
「メディアでも、報道されていました!」
ようやくついていける話になったようで、ナホは元気になった。分かりやすいわね。
「『アカウントが消えてしまう原因が不明で、かつ、そのアカウントを消されてしまった被害者に傾向があることから、誰かがアカウント削除を意図的に行っている可能性がある』と、ヤマトから聞いているな」
ここからが本筋の話題になる。
自分の左手首につけられた端末を操作し、次の資料を渡す。
「わ、すご……本当の事件資料みたい……」
「本物の資料よ。……言っておくけど、他の人には口外厳禁だから」
文字通り最初の被害者の資料だ。メディアでも報道されているが、それよりも多少詳しいものになる。
「アカウント削除事件の最初の被害者として言われているのは、彼。ユーザー名はアラル・ソニック。DLS内のレースゲーム『ソニックブーム・オンライン』で、世界トップランカーとして有名だった人物ね」
「ハッカーちゃん。どうして、”最初の被害者だと言われている”、なんていう言い方をしているの?」
アカネは何か言いたげだ。多分、はっきりとした言い方をしていないからだろう。
「厳密には、消えているのはアカウントだけじゃないの。消えた人物の
「なるほど、それじゃ警察に
その言葉を聞いて、アカネも納得したようだった。
私は次に被害のあった人物を何人分か三人に渡す。そして、同様に説明をしていった。
なりきりオンラインゲーム「アリス・クローバー・オンライン」のユーザー「ホワイトキツネ」。
ロボット戦争オンラインゲーム「電磁繋線」のユーザー「永遠凶」。
なんでもありな都市を作るオンラインゲーム「ハローワールド・オンライン」のユーザー「どっつ」……。
――それぞれの被害者の資料をかいつまんで説明していく。被害者の性別、年齢、やっていたコンテンツ……。
人種や発生した時間帯も含めてほとんどバラバラだけど、共通点がある。
「……想定プレイ時間が四万時間を超えているヘビーユーザーが多い、か」
「そうなの。これよりプレイ時間が短いユーザーもいるみたいだけど、これがなんの関係もないなんて思えなくて……」
だけど、どちらにせよ、被害者の傾向が分かるだけで、それ以上は何も分からない。
「これ以上は私からはもう……」
「なぁ、ハッカーちゃん。“透明な蝶”について、誰かが言っていなかったか?」
透明な蝶? あの時も言っていたわよね。
「いいえ、被害者からそれらしいものは聞いていないわ。……ところで、探偵さん」
あなたには何が見えているの? 私はそう続けた。
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