行方不明事件
第五話 現実世界
十年前。私はとあるゲームに携わっていた。
夢とネットワークを繋げる
”DLSを用いたゲームを作ってみよう”。
その話が出たとき、最初に作らなければいけないゲームは間違いなくコレだ、と私達は確信していた。
それは当時としても、人道から外れているとしかいいようがないゲームだった。
それでも、私達はそのゲームを作り上げた。あらゆるゲームの基礎となるゲームだったから。
私達がそのゲームにつけた名は「デッド・オア・デス・オンライン」。
――”相手を殺す”行為が中心のゲーム。
モンスターと戦うゲームは少なくはない。そうじゃなくても、同じプレイヤーと戦うゲームだってある。どのように倒せるか。また、倒されるか。その表現の実験のために私達が作ったゲームが「デッド・オア・デス・オンライン」だった。
そのゲームを形にするのに、時間はそれほどかからなかった。明らかに不味い表現を取り除かれたそのゲームは社内テストをクリアする。それから三か月の間、一般ユーザーにテストをしてもらっていた。
大きな問題は
だが、事件はオープンベータテストの翌日起こった――。
*
この先に彼がいる。
本物のコーヒーの薫りがした。幾重にも重なった酸味や渋みのある匂いが、目の前の古木の扉の隙間から漏れている。
『喫茶”
なぜ現実で会いたいと言っているのか、私には分からない。それでも、アカウント削除事件を解決するためには行かざるを得ない。
古木の扉の傍に掛けられた看板から、メールにあった店であることが間違いないことを告げている。
――だけど、私は本当に、彼に会う資格があるのだろうか。
そればかり思い悩んで、ドアノブに手を掛けられずにいた。
「あなたは?」
後ろから声が聞こえる。振り向くと、今時のワンピースを着た高校生くらいの女の子と、シャツにショートパンツを着た動きやすさを重視した服装の女の子の二人がいた。
でも、何しにここにいるのだろう。ここは駅から離れた地上三階にあるビルの喫茶店だ。普通、今時の女子高生なら、サンドボックスコーヒーみたいなチェーン店の方が、人気があると思うのだけれど。
「あ! もしかして、あのとき、ボットのことを説明した女の子ちゃんですか?」
女の子ちゃん?
ワンピースの女の子が、はねっけのある髪を揺らして笑顔でを私の顔を見る。……というよりも、ボットの事を説明したのを知っているのは、もしかして。
「あの時はありがとうございました! わたし、メイドのナホです!」
「後輩を救ってくださり、ありがとうございました。彼女の先輩のアカネです」
もしかして、「サーバント・メイド・オンライン」にいた子?
ぴょんぴょんと跳ねる姿がまさに小型犬のような子がナホ。対象的に落ち着いてお辞儀をする子がアカネ。
あの「サーバント・メイド・オンライン」にいたときとは、まるっきり印象が違う。
「ええと、私は何もしてないわ。ただ、ボットの説明と、通報をしただけ」
「あのとき通報もしてくださったのは女の子ちゃんだったんですね! それじゃ、こんなところで立ち話もなんですし、お店に入りましょう!」
「ちょ、ちょっと、待って!」
ワンピースを揺らしてグングンと進むナホをちんちくりんな私は止めることができなかった。
ドアノブが開き、冷気が顔を掠める。ナホに引っ張られて店の中に入った。
店に入ると、さっきまでのコーヒーの薫りが一層濃くなる。寂しい灰色の世界から、落ち着きのある焦げ茶色の世界に変わっていた。
古木の床が、私達が立ち止まったところで、ギィギィと悲鳴を上げるのをやめた。
「……いらっしゃい。ようこそ喫茶”
心地良いバリトンボイスが、カウンター越しに聞こえてくる。
続く男の声も負けず劣らず、重く低い声だった。
「随分とお転婆なメイドのお嬢さんらが来たもんだ。すまねぇな、
「……気にしない……。……たまには……閑古鳥以外の……声も……聞きたかった……」
この狭い店の唯一のテーブル席に一人の男が座っていた。店の中だというのに、一人サングラスをつけ、もう夏だというのにハードなジャケットを着ている。暑くないのか?
でも、この男が――。
彼は立ち上がって、ジャケットを羽織り直す。
「わざわざご足労だったな、三人とも。俺が探偵の青色ギンヤだ」
ゲームの世界にいた姿とまるで違う。華奢な自分などあっさり力負けしそうな偉丈夫だ。探偵というよりも、格闘家の方が合っているのではないか。そう思わされるほど、体つきが凄い。
「私がメイドのナホです!」
私の手を放さないナホが声を上げる。
「後輩のナホの付き添いで来ました、アカネです」
自分よりも力が確実に強いであろう男に向かって
堂々たる自己紹介。……片方は警戒心がなさすぎる気もするけれど。
「それで……。小さいお嬢ちゃん、君が……ヤマトが言っていた依頼人だな」
小さいは余計よ。だけど、そういう文句は口からは出せない。私は出してはいけない。
震える喉を騙しだまし動かす。
「……そうよ。探偵さん。私が、DLSアカウント削除事件の依頼人の――」
名前を出すべきだろうか?
いや、それこそ余計なことだ。
ヤマトも言っていた。
私の罪は、彼に謝ったところで許されるわけじゃない。
なら今は、探偵と依頼人という関係が良い。
「――ハッカーと呼んで」
場にいた二人の女の子と、ギンヤは不思議そうな顔を浮かべる。でもこれでいい。事件さえ解決すれば、私達は二度と会う必要はないのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます