第四話 加害者と被害者

 青色ギンヤと名乗った男が指を向けたのは、一人の少女を間違いなく守った紳士の男、ギンに向けられていた。

 その姿は昔、動画サイトで見た探偵物のドラマと同じだった。周りにいた客たちも、ついさっきまでギンのことを王子様と呼んでいた癖に、黙って続く言葉を待っている。


 指を向けられたギンは呆れていた。


「さっきから何を言っているんだ君は? ストーカーの犯人なら私が捕まえているじゃないか」


 ギンはストーカー男に指を向ける。ストーカー男は青くなったまま俯いたままだ。

 なんだろ。一瞬、ギンヤが私の方を見た。


「そこの詳しそうなお嬢さん。ボットを説明してもらってもいいか?」


 気のせいじゃなかった。


「……もしかして、私のこと?」


 そう言うと、ギンヤは確かに頷いた。

 間違いない。この男は私がDLSの社員であることを知っている。ヤマトが言っていた男はギンではなく、この男だ。


 仕方なく席から立ち上がる。人の視線が私に一気に注がれた。目立つのは嫌いなのに。でも、仕方がない。


「……ボット――かいつまんで言えば、現実世界で言うところのロボット。その電夢世界バージョンのようなものね。基本的に、事前に設定した通りに動くゲーム内のキャラクターだと思ってもらえれば……まさか?」


 ギンヤが指差す先がストーカー男へ変わる。彼は変わらず青くなったまま俯いている。

 わざとらしくギンヤが続きを口にする。


「妙だと思わねぇか? そいつ、さっきから何も喋らないんだ。そればかりか皿をぶつけられたときですら、何の反応もしないなんておかしいだろ」

「まさか、ボットだっていうの?」


 ギンヤは頷く。


「一芝居終われば、あとは幕を下ろすだけ。そう考えれば、わざわざ“皿をぶつけられたら、びっくりする”なんて例外を作る必要もないからな」


 ストーカー男がもしもボットなのだとすれば、彼女に強引に話しかけたのも、それから襲ったのも全部作り物だったということ?


「ちょっと、待ってくれ。面白い話だが、こいつがボットだという証拠はあるのか? ないのであれば、私は行かせてもらう。早く運営に連絡を……」

「ならしてみろよ・・・・・、兄ちゃん」


 入口でギンヤは仁王立ちをしたままだ。ここでしてみろと暗に言っているのが、誰でも分かる。


 ドリーム・ランド・システムのアカウントは様々の情報と紐づいている。

 例えば、住所。ギンとこのボット男の住所が同じ場所に指定されている場合、もしくは、ストーカー男の住所がボットを作っている会社ならば、ギンは一人芝居で女の子一人をたぶらかそうとしていたということが分かる。それくらい、管理者側の私には余裕で調べられる。


 私は座席に座り直し、管理者用のツールを起動させる。私にしか見えない電夢コンソールの項目を一つを選択し、その中に、ターゲットとするユーザーの名前を入力する。


 その名前は――

「“ギン”。どうした? 運営に連絡するんじゃないのか? もしも手が塞がってできないのならば俺が……」

「うるせえよ」


 ドンと鈍い音が聞こえたかと思うと、ストーカー男が宙に投げ出されていた。そして、ストーカー男の体は机の一つにぶつかり、上に乗っていた料理のいくつかを皿と一緒に飛ばす。メイドの子たちはさっきまでしていた黄色い声ではなく、悲鳴を上げた。

 頭を掻きむしって、ギンはナホのことを見つめる。嫌な目つきだった。


「おい、ナホ。俺のところに来い。流行りの電夢ドラッグをキメながら、色々しよう。こんなキモい奴らがいるところでメイドごっこなんてクソみてぇな遊びするよりも、絶対キモチがいいぜ?」


 キモイ。

 生理的な嫌悪感しかでてこない。

 その感情を持ったのはナホも同じであった。


「こ、来ないでください!」


 二歩、三歩と後ろに下がり、ナホは壁際まで追い込まれる。

 ギンは威圧的に一歩一歩足を進める。その度に、床がギィギィと音をたてた。


「おい。さっき『待ってる』って言ったのはナホだよな? 嘘を吐く必要なんてないだろう!」


 一際大きく、床が叫んだ。ギンがナホに向かって大きく跳躍した際の音だ。


 ――だけど、残念。これ以上、私がこいつを好きにさせるつもりなんてない!


 ギンの体は空中にいる状態から、進む勢いだけが殺されて床に落下する。そして、白い布のようなものがギンの上半身を縛る。


「な、なんだこりゃ? クソ、腕が動かねえ! ログアウト! ログアウトだ! なんで、機能しやがらねえんだ!」


『ユーザー名:ギン。管理者権限により対象にペナルティを付与しました』

 私にだけ聞こえる音声が届く。


 警察にも連絡をしてある。直近の会話記録ログデータから住所といった個人データも送信済みだ。警察がこのデータをもとに、ストーカー規制法の他、電夢ドラッグ所持及び、使用で逮捕までいけるはずだ。


「残念だったな、ストーカー野郎」


 その傍にギンヤが近づく。


「今度女性を口説くときは、こんな小手先の手段にこだわるんじゃ……」

「どけ!」


 しまった。移動を制限するの忘れてた。

 ギンヤに思い切り体をぶつけ、勢いそのまま倒れ込む。すぐに立ち上がって、そのまま入口のから外に出る。

 現実なら、犯人を逃がしたと慌ててしまいそうだが、ここはゲームの世界。相手がどこに行こうが、管理者である私からは逃げられない。


「あーくそ、間違やがれ! お嬢ちゃん、あいつを追いかけるぞ!」


 この“お嬢ちゃん”とは私のことだろうか。別に慌てる必要なんてないのに。

 破竹の勢いで入口の扉を開けて、ギンヤはメイド喫茶から出ていった。そんなとこしなくてもと、コンソールを見る。ギンをターゲットに指定している以上、どこに行こうと――


 ――ない? なんで? ギンの名前が、さっきまでターゲットにしていた名前がなくなっている。


 座席から立ち上がり、私も喫茶の入り口から外に出る。

 メイド喫茶の外は、メイド喫茶が連なる大きな街路になっている。人が賑やかに闊歩している中、忽然と立つ初心者アバターの男は目立つ。

 街路を少し進み、メイド喫茶とメイド喫茶の隙間にある、路地の前にギンヤがいた。そして、路地裏があるはずの場所を覗くとそこは花が咲いている場所だった。


 でも、私はしらない。

 ゲーム内のリソースで用意した覚えはない。まるで本物のような美しさの花ばかりじゃない……。


「それ以上近づくな」


 さらに一歩踏み出してその花畑の中に入ろうとするが、ギンヤに片手で制止させられる。

 文句を一つ言おうかと、ギンヤの顔を見た。演技で青くなっていたボット男と比べても、圧倒的なまでに顔色が悪い。小さく揺れ動く目が花が咲き誇る場所の一カ所を見ている。


「いる……」


 紫色に変わりつつある唇を震わせながら続ける。


「いるぞ……透明な蝶が……」


 透明な蝶? それを聞いて私も見てみる。

 だが、次第に縮小していく花畑の中に、そんな蝶は見つからない。


「お嬢ちゃん、この蝶が……この蝶こそが」


 ――アカウント削除事件の犯人だ。


 続いた言葉で私は、加害者ギンが被害者になったということにようやく気がついた。

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