第三話 探偵・青色ギンヤ

 背景音楽代わりになっている店内のアニメのものらしいテーマソングがよく聞こえるようになった。私以外の店内にいる客の男たちも、テーブルに料理を持っていこうとしているメイド達も三人の人物を静観している。


 一人はこの店の店員らしいフリフリの制服と、二つのドリルのような巻き髪が特徴的なメイドのナホ。


 一人はその少女に告白を行った男性。短髪に紳士服を着こなしているが、常に小刻みによく分からない動きを繰り返している。


 そして、一人は少女と男性の間に立った人物。少女を守るように立つ姿は、まるで姫を守る騎士のように様になっていた。


「だ、誰だよ! お前は!」


 容姿が整えられたアバターと不釣り合いな情けない声を出す男は、愛の告白(?)を邪魔した男を指さした。

 指を向けられた男は、胸を張って答える。


「私の名前はギン。君、女性のエスコートをするなら、もう少し穏やかにしたまえ。彼女は怯えているではないか」


 ギン? もしかして、彼が――青色ギンヤなの?


 心臓が大きく跳ねたような感覚がした。


 メイドの前に立つ男は、その名前の通り銀色の短髪をしていた。服装は清潔感のある白を基調したスーツ。そんな外見アバターを使っている。

 ギンの背中にメイドのナホは隠れる。その様子を見て、もう一人の男の方からギリィと歯軋りのような音が聞こえた。


「おま、おまえ! ふざ……ふざけるな! 僕が先にナホさんに……!」


 発言とともに、その手をギンの後ろにいるナホに向かって伸ばした。その手はギンによってパンという音とともに払いのけられる。


「君、少しは落ち着いて……!」

「なにすんだ! どけよ! まだ僕は! ナホさんから返事をぉ……!」


 男は何を思ったのか、近くにあった机を持ち上げる。座席に乗っていた料理が床に零れ、皿が割れる。


 あの男。ギンに向かって机を投げるつもり!?


「ちょっと、待ちなさい!」


 思わず、声を大にして叫ぶが、遅かった。


「聞いていないだろ!」


 力いっぱいに投げられた机は中を舞う。


 設定しない限りゲーム内でダメージはない。とは言っても、人間の心は別だ。この世界がどんな世界であろうとも、それを感じる心は本物。男に襲われたという恐怖は生まれる。


 店内にいるほとんどの客が叫び声をあげる。管理者権限であの机を消してしまいたいが、どうやっても間に合わない。

 誰もが慌てている。だけど、そんな状況だからこそか、堂々とした振る舞いをするギンの姿が印象的だった。


 ギンはほんの数秒で構えたあと、右足を乱暴に突き出す。

 バキッ。

 聞こえてきたのは、木が破裂して砕ける音だ。木製の机はその中央に足形をつけられて、真っ二つに割れていた。


「大丈夫かい? ナホ」


 優しく声をナホに向かって掛ける。それを聞いたナホは目を瞑ったまま、コクコクと頷いた。

 不安定な声がもう一方から聞こえてきた。


「あ……え……いや、僕は……君を傷つけるつもりなんて……」


 この男、逆上していたらしい頭が冷えて、酷く冷静になったらしい。


「ぼ、僕がずっと……ナホさんのことを見て……」

「それはストーカーをしていたという意味かね?」


 ギンはストーカーの部分の語気を強めた。男はしどろもどろになり、うめき声のようなものを吐く。特にストーカーという部分をうまく否定できずにいる。

 本当にストーカー行為を行っていたのかもしれない。そこは記録ログを調べさせてもらおう。


「この男は私が責任を持って、運営に連絡しよう。君、ついてくるんだ」


 ギンは男の手首を掴み、店の外へ歩いていく。男は力なく引っ張られていく。


「あの……ギンさん、ありがとうございました! 帰ってきてくださいね! 私のおすすめのメニューを用意しておきますので!」


 メイドのナホは、あの男のとりこになっているようだった。


 実際、自分のために体を張って守ってもらえるなんて普通思わない。相手がゲームのキャラクターで、守ってもらえるゲームはある。だけど、ゲームのイベントじゃなくて、かっこいい男性から守ってもらえるなんて、普通にあるものじゃない。


 ギンは笑みを浮かべる。


「ああ、楽しみにしているよ」


 店内からは黄色い声に、指笛が響く。


 ギンは割れた皿を踏みつけながら、男を引っ張りながら外に向かう。


 どうやら、私の存在にギンは気づいていないみたいだった。待ち合わせのために来ているのだとすれば、気は進まないけど私は会わなければならない。気持ちの整理が出来ていないけれど。


 彼がヤマトが呼んでいた青色ギンヤなのだとすれば、一緒に行ったほうが都合がいいはず。ナホには悪いが、少し彼を貸してもらうとしよう。

 椅子から立ち上がろうと体に力を込めたときだった。


「ちょっと、待ちな」


 入口に誰かいる。声からして男のようだ。


「誰だ君は? そこをどいてくれないか? 実は今、犯罪者を捕まえたところでね。犯罪者をこのまま衆目に晒し続けるのは、襲われた少女のためにもならない」


 白いシャツと青いショートパンツが見えた。


 私が見る限り、最近アカウントを作ったばかりの初心者の外見アバターだ。そこにサングラスというかなり違和感のある格好をした男が入口の扉の前で立っている。


「悪いな兄ちゃん。少し手間かもしれんが、その犯罪者はみんなの目の前で通報してくれねぇか?」


 なんなのあの男?


「君、配慮というものを知らないのか。こいつが運営に消されるまで時間がかかるだろう? まず彼女の前からこの男は見せないようにした方が良いに決まっている!

 それより、君は何者だ? 見る限り、ついさっきアカウントを作ったようだが、もしかして、このストーカーの仲間か?」


 入口からやってきた男は、近くにあった机の上の皿に手に持った。


「俺の名前は“青色ギンヤ”」


 青色ギンヤって。まさか――


 ギンヤが手首のスナップを利かせて皿を円盤状のおもちゃのように投げる。

 足を引っ込めながらその投げられた皿に、ギンは手を上げながら当たらないように飛び退った。

 それからすぐに、皿は鈍いものに当たって床に落ちて、割れた。


「急になにをするんだ、君は!」


 だけど、私は見ていた。私以外の店内にいた人物たちも間違いなくその様子を見ていた。


 水平に投げられた皿はギンに向かって飛び、ギンには当たらずストーカーの男に命中した。だが、当たる直前も、そればかりか命中したときもストーカーの男は身じろぎ一つしなかったのだ。


「申し訳ない。だが、これで確信できた。……そのナホというメイドを、本当にストーカーしていた犯人は……お前だろ」


 ギンヤが指を向けた先には、ギンがいた。

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