青色ギンヤと電夢世界
第二話 アカウント削除事件
事前にもらったメールの内容を何度も確認する。ここで間違いない。
今日は仕事で来ている――つもりだったのだけれど、目の前に映る光景が仕事とは無縁の場所にしか見えなかった。
……仕方ない。
そう意を決して、水色と青のチェック柄が印象的な木製の扉を開く。
「おかえりなさいませ! お嬢様!」
私は半ばテンプレート化された台詞を聞いた。
二十一世紀初頭で流行り、今はノスタルジックに浸りたい人間に人気の概念”メイド喫茶”。給仕や接客などの仕事を行う本来の意味からねじ曲げられたメイドと呼ばれるものだとか。彼女達に懇切丁寧に世話をされたいがために、足繁く通う人間は少なくはないとデータで見たことがある。現代人疲れすぎでしょ。
フリフリの、もはや給仕用には見えない衣装を着た女性に、店の中を案内される。
辺りを見回すと、同じ衣装を多少はアレンジしつつ着こなしている女性が多い。どうやらこの水色を基調としたこの服装は、この店の制服らしい。給仕に向いているかはさておき、私は可愛らしいと思う。実際、彼女の服が彼女達の仕事を邪魔するわけがないのだ。
――だってこれは、「サーバント・メイド・オンライン」というゲームなのだから。
「ラブラブ! きゅんきゅーん!」
「わーい! 美味しくなったぞー」
一つの席に案内されると、そこには一人の男が文字の書かれたオムライスを食べようとしているところだった。
私が水色と青の線で作られたギンガム柄のテーブルの前にたどり着くと、案内してくれた女性と元々近くに立っていた女性が、洗練された会釈をして去っていく。
指を動かし、この男を対象に会話ツールを起動させる。
「ねぇ、あなたって確か警察官よね? 今は仕事の時間じゃないの?」
周りの人間には聞こえないようにプライベートチャットを用いて、彼に尋ねる。
「今日は休みを取ってきたんだ。だから今日の僕は一般客だよ」
「事件の話だって言ってたから、私は仕事のつもりで来たのよ?」
そう、私は仕事で来た。警察であるこの男に被害者の資料を渡し、犯人をとっ捕まえる必要があったからだ。
座席に腰を下ろすと、店の料理が書かれたこれまた可愛らしい柄と文字で埋め尽くされたメニュー表が現れる。少し割高な料金が気になりつつも、エスプレッソを注文する。
「あー。幸せだなぁ……」
言葉通り、幸せいっぱいな表情を浮かべて、オムライスを口に運ぶ。しかし、仕事じゃないのなら、どうして私をこんなところに呼んだのだ。
「スン……。不機嫌そうだね」
「当たり前でしょ、ヤマトさん。早く解決してくれないと、あの人が犯人ってことにされそうなの!」
「すみません、らぶらぶちょこパフェ一つ!」
人の話を聞きなさいよ。
別に話した内容は画面内に
食べ終わったオムライスの皿がテーブルの上から消える。すぐにメイドの女性がやってきて、パフェとエスプレッソを持ってくる。
「わー! ありがとう!」
「メイドとして当然ですよ! ご主人様! お嬢様! 何かあればお呼びくださいね!」
これまた可愛らしい動作をして、メイドは帰っていく。
エスプレッソを飲もうと、コーヒーカップを覗いてみると、ハート型になったミルクが茶色い池に咲いていた。この男が何か反応を示す前に、ミルクだけをすすって消す。
「実は今日は休みを取ってきた方が都合よくてね。仕事で来ていると不味いんだ」
「それって……どういう意味?」
急に神妙な声色に変わる。現職の刑事としての圧が少なからずあった。
「君達……DLSが抱えている“アカウント削除事件”。これに対する捜査打ち切りが検討されている」
「なによそれ!」
勢いよく立ち上がったせいか、机に乗っていたものが一斉に揺れて、騒がしい音をたてる。この音に反応した周りの人が私達に視線を向けていた。私達の声が聞こえていない分、奇妙に思われたに違いない。
すぐさま座り直して、エスプレッソについていたティースプーンをヤマトに向ける。
「一体、どういうこと?」
ヤマトにしか聞こえないはずなのに小声気味になった。
チョコレートのパフェに突き刺さっていた棒状のチョコを口に含みながら、ヤマトは答えた。
「そりゃ簡単だよ。“証拠がない”からさ。
少しムッとなった。
「何度も説明しているけど、プログラムにバグは見つからなかったの。それにとても偶然と思えない人のアカウントが消えていて……」
「それでも、証拠を見る限り今はそうとしか。それが今言える警察側の見解だ。それに今は、犯人がいるか分からない事件よりも重要な別件もある」
拳を強く握る。ヴァーチャルの世界だから、どれだけ爪が自分の体を形成するアバターに突き刺さろうと血は出ない。
*
DLSアカウント削除事件。
人の夢と夢をネットワークで繋げて、夢の世界をも人類の管理下に置く
そのシステム内で発生している“アカウントが消えてしまう”事件のことだ。
DLSのアカウントには、ゲームの情報だけでなく、銀行の口座情報や会社の資料、個人の住所やクレジットカードの番号といったあらゆる人間が関わる情報が紐づけられている。
それらがある日突然、なんの脈絡もなく消える。それがアカウント削除事件である。
この事件において、なにより奇妙なのは、「盗まれる」のではなく、「ただ消されて」いるという点だ。
消されたアカウントがどこかで使われているわけでもない。被害者の情報を聞く限り、消されてから妙な郵便物や、預金口座からお金が下ろされているといったことはなかった。
なので、システム上の問題かと思ってはいたが、調査してもそれらしい箇所の発見ができず。外部犯である可能性を考えた私達は警察の協力を借りて、犯人の逮捕しようしていた……のだけれど。
*
「アル。だから、わざわざ休日を取得して僕は来たんだよ。あくまで、この警察の見解は”噂”として君に伝えるべきだとね」
こいつ……。飄々としてる癖に本当に小賢しい。
”警察の仕事で”私に通達すれば、それはもはや捜査しないという決定を伝えてるのと同じだ。だから、あくまでも個人で噂として暗に伝えに来たと。
最後の一口を食べ終えたヤマトは、手に持っていたスプーンを透明なパフェの容器の中に入れる。
「……それでも僕の嗅覚が、この事件には犯人がいると告げている。ただ、まだ証拠が見つかっていない。それだけなんだ」
だからこそ、とヤマトは続ける。
その言葉と同時に一つのメモが私に画面内に現れた。そこには、とある探偵事務所が記載されている。
――だけど、この名前は……。
「……私、彼に何をしたのか知っているわよね?」
「君が言いたいことは分かる。だが、この事件をなんとかするなら、あいつは必要不可欠だ」
偶然出会った事件に首を突っ込み事件を解決する存在、それが探偵――なわけがない。そんな探偵は結局は創作の中だけの存在だ。実際の探偵は、浮気捜査や素行調査といったものばかりのはずだ。なのになんで。
「君をここに呼んだのも、彼をここに呼んだからださ。あいつは臆病だから、真面目な所に呼び出そうとすると逃げちゃうからね」
「……あの時は何もするなって言った癖に」
ヤマトは席を立つ。
「あの時とは違うよ、アル。君があの時やろうとしていたことは、あいつの得にならないことだった。だから、止めた。だが、君はもうそんな浅慮な事、しないだろ?」
そして、入口に向かって歩いていった。最後に「行ってらっしゃいませ」と、メイド達が彼を見送る声を聞く。
確かに何をしてでも事件を解決したい。会社としても、開発者としても……個人的にも。だけど、この人は。
私はメモに書かれた名前を見ていた。特徴的なこの苗字を忘れるわけがない。あれから十年も経った今、また見るなんて思ってなかった。
……会ってどうすればいいんだろう?
そんな考えを巡らせていた時だった。
「ナホちゃん! ぼ、ぼくと付き合ってください!」
男の低い、それも濁った声が聞こえる。それに混じるように、女性の悲鳴が混じる。
「ぼ、ボクは、ま、毎日通って……ナホちゃんをいつも見て……!」
「や、止めてください! わたし、あなたのことなんて知りません!」
この店にいる全員に聞こえるように全体チャットを用いているらしい。迷惑な。すぐに、DLSの通報システムでこの男を……。
「ちょっと待った!」
続いた男の声は、清涼感のある心地良い声だった。
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