電夢世界と探偵と (ちょう)

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プロローグ

第一話 透明な蝶

「あークソ。死にたくねぇ……」

 

 三時間と少し、登り続けて、ようやく頂上にたどり着いた。

 ジャラリと音がする。掴んだ雪はまるで銀貨のように見えた。そんな銀貨のような雪の塊が辺りに散らばっている。立ち上がり、ガシャガシャと雪の上を歩いているとは思えない音をたてて、登ってきた場所から離れる。安全であることを何度も雪を踏みしめて確認したあとに、雪の上に全力で寝ころんだ。


「……今度から依頼の受注条件を作ったほうがいいな。いくら“ゲーム”だって言っても、こんな高いところから落ちたら、ショックで死んじまってもおかしくねェ」


 肺に溜まっていた空気を一気に吐き出す。落ちても実際に死ぬわけじゃないと分かっていても、恐ろしいものは恐ろしい。

 しばらくして、情報と間違いはないか、視界の左端にある温度計と高度計を見る。


「マイナス五〇度。高度五〇〇〇メートル。依頼の場所は間違いないはずだ。……また山登りとかごめんだからな」


 仰向けになっていた体勢から立ち上がる。服に付いた雪を払いつつ、正面を見る。


 白銀の石が積まれた建物。空か降り注ぐ太陽の光を銀の壁が一つの傷もなくそこにあった。だが、外壁から登って中に入るには壁が高すぎる。内側がどうなっているかは、壁の前だと分からなさそうだ。


 だが、間違いない。事前情報と合わせればここが――

「”銀の城”っていうのはここで間違いなさそうだな」


 山の上に建てられた幻想的な銀色の城。しかし、城壁の端からはみ出して見える黒色の砲身が、外敵に対しての敵意を表している。おっかねぇ。


「誰かいるかー!」


 大声を出してみる。しばらく待ってみるが、人気ひとけはなさそうだ。


「無人……か。聞こえていないだけかもしれねェが」


 歓迎の暖かいスープも、迎撃の暴力のどちらもない。錆びも傷も見当たらない無人の城。まるで、この宝の城を盗ってくれと言わんばかりだな。

 現実で売ってしまえば、死ぬまで南の国でバカンスができそうだ。ゲームの世界だというのがもったいない。


「……行くか」


 ともかく、この城の外壁をゆっくりと見て回ることが始める。


 入口になりそうな場所を探して五分もたたないうちに、城壁の凹みになっている場所はすぐに見つかった。その場所に向かうと、半分だけ開いたままになっている扉があった。少し力を入れるだけで、扉はあっさりと開く。穴の空いた天井から雪が漏れて積もっているエントランスが現れる。

 そこで、右下に通話を示すアイコンが表示された。


「あー、誰だ……って」


 アイコンの上に表示された名前を見て……応答するか悩んだ。唯一無二の親友で、毎度ろくでもない仕事ばかりを頼んでくる男だ。

 着信音が二回ループしたところで、人差し指を左から右へ空を切るように動かす。それが通話に応答するため動作だった。


『すぐに出てくれよ、ギンヤ。ところで今は暇か? ちょっと、聞いてもらいたい話があってな……』

「残念だが仕事中だ、ヤマト。もう切るぞ」


 今は深夜帯なはずだが。


『おいおい待てって。仕事って……、そっちこそゲームの世界で何やってんだよ?』

「……捜し物だよ」


 エントランスに置かれたいぶかしげな像の後ろを確認するが、何もない。砕けた像の欠片が落ちているだけだった。


『捜し物って……確かにそれは探偵の仕事だろうけど、ゲームの世界で何か無くしたなら普通、運営の仕事だろ?』


 次の像の裏を見るがやはり何もない。秘密の地下室への扉のスイッチなんかは、俺が見逃すわけがないんだが。


「依頼人曰く、ネットのうわさが本当か調べてくれってさ」

『……最近の探偵の仕事ってこんななのか?』

「探し物に、調査なんかは普通に探偵の仕事だ。……主要な場がゲーム世界に移っただけだからな」


 ――プラネット・プロテクト・オンラインというゲームのとある場所にレアな生物が出てくるうわさがあって――

 その言葉から始まる依頼内容を見て、わざわざこのゲームにキャラクターを作った。ゲームのうわさの確認を一週間ほど続けてくれれば、それで俺のいつもの月収の五割が報酬として口座に振り込まれる。急ぎの仕事もないし、断る理由はなかった。


 部屋にあった二十ある像を全て確認し終える。この手のゲームにありがちな隠し通路は、どうやらこの部屋にはないらしい。

 エントランスを進むと長い通路に繋がっていた。通路の先からは白いカーテンに照らされた一角が見える。おそらく、あの光の先は中庭だろう。

 うわさによると、この城のエントランス、中庭、地下室、王の間――にレアな生物が出たらしい。


『――確かにゲームの隠し要素イースターエッグを運営に聞いても答えるはずはないね』


 損傷が激しい銀の通路を歩く。目指すはあの光の先。壁には余りにも抽象的過ぎる絵が一定の間隔で置かれていた。

 だが、見ている限り、謎解き用の物ではなく、ただの飾りのようだ。


『それで……ギンヤ。君に頼みたいことが……』

「殺人事件はお断りだ」


 先に釘を刺しておく。以前から、ヤマトから事件の捜査協力を依頼されることが多々あった。俺が警察を辞めた事情を知っている癖に、だまして何度も事件現場に行かされている。


「もう、俺なんて必要ないだろ」

『いや、今回はそんなものではなく……』


 いつになく神妙な口調で語るが、どうせ嘘だろう。同じような口調で二度もだまされれば次も嘘だ。

 話を無視して、光が溢れ出ている中庭に足を踏み入れた。


「――なんだ?」


 中庭には心地よい温度で俺を包み込んだ。まるで天国に行ってしまったかに思える優しい暖かさが全身を満たす。

 眠ってしまいたいと思った。ここは夢であるはずなのに。


「どうゆう……ことだ……? ここは……」


 銀色の壁で囲まれた小さな花園。花壇には夏を代表するアジサイ、アネモネ、百日紅さるすべりを思わせる花が、花弁を透明にさせた上でここに咲き誇っている。

 だが、何もかもがおかしい。


「……ここはゲームの世界……なはずだ……。なんで、ここに“現実の花”がある!?」


 叫ぶと同時に、どこから吹いたのか、風で花が揺られる。その揺れ方を見て気づいた。が、もう遅かった。


「うおっ……!」


 まさか、自分の足が消えていく瞬間を見るとは思わなかった。見えなくなった足が透明になったわけではなく、本当にない。


「”こいつら”は……なんだ……?」


 体を支えていた足がなくなったことで、花園の中にダイブした。透明な花弁が空に向かって舞い上がる。

 仰向けになり、透明な花弁の中を飛び回るソレを、ようやく俺は見ることができた。


「――なんだこの……“透明な蝶”」


 その言葉を最後に俺はしゃべれなくなった。口がなくなっていた。

 “透明な蝶”が俺の体を貪り終わるまで、俺はその姿を見続ける。抗おうと、体を動かそうとしても消えていった部分を取り戻すことはできなかった。

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