後編

 わたしが告げた内容に、三人はすっかり固まってしまった。今までの和やかな雰囲気が一変し、凍り付いたように思える。

 その中で真っ先に我に返ったのは、魔法使いだった。

「ちょ、どういう事よ!?」

「そのままの意味です。あなた方では試練を受けるのは危険過ぎます」

「あなた話を聞いてなかったの!? それともホラ話だと思ってる訳!?」

「聞いた上での判定です。万一今の話が全てホラ話で、あなた達がただの見栄っ張り三人衆なら……逆に合格でした。ぶっちゃけこの試練、三人組の子供なら突破出来ますし」

「はぁ!?」

 魔法使いは声を荒らげ、困惑している様子を見せる。

 そんな魔法使いを抑えるように片手を出しながら、わたしの前にやってきたのは勇者様。

 真剣な表情には、ちょっとした苛立ちもあるように感じられた。

「……理由を聞かせてもらえるかな?」

「先程述べた通りです。あなた方では試練を絶対に突破出来ません。だから不合格です」

「何故だい? ボクは魔王を倒せる力があるとされている。試練とやらは、魔王にも突破出来ないのかな? 子供三人には突破出来るのに?」

「魔王が突破出来るかは分かりません。かの存在がどれほどの強さなのか知りませんので。でもまぁ、あなたよりは可能性はあるでしょう。少なくとも、あなたよりは」

 わたしの言葉に、勇者様と魔法使いは苛立ちを募らせている様子。シスターは困惑しているばかりだが、勇者様が何故不合格なのか理解出来ない気持ちは同じようだ。

 彼等の心境は、分からなくもない。数々の功績を積み上げてきた事で、彼等は自分達の強さに自信がある筈だ。なのに「お前達じゃ勝てない」なんて言われたなら、少なからず自尊心が傷付くだろう。

 だからこそ、わたしはため息を吐いた。そういう人達は、説得が難しいからだ。『種明かし』をすれば賢明な人なら諦めてくれるかもだけど、残念ながら試練に挑む人にそれを明かすのは掟で禁じられている。わたしから、具体的にどう危険であるかを告げる事は出来ない。

 遠回しに、諦めるよう促すのが限界だ。

「そもそも、何故この試練を受けたいのです? 試練を突破しても、大したご褒美ありませんよ? 精々村でよく頑張りましたの宴会が開かれる程度ですけど」

「それは……! だけど、ボクは無敵で……どんな試練でも、乗り越えられる筈で……」

 尋ねると勇者様はぶつぶつと、何かを言っている。

 あ。コイツ面倒臭い人達の中でも、特に面倒臭い感じの人だ。

 多分試練を受けた理由は、本当にただの気紛れとか、お付きの二人に誘われたとか、そんなものなのだろう。だから全く乗り気じゃなかったけど、わたしから『不合格』と言われて酷く自尊心が傷付いた、のかも知れない。

 そんな事で傷付く自尊心なんて捨てちまえ、と、わたしなんかは思ってしまう。一体どんな境遇ならこんな面倒臭い性格になるのか。故郷で虐めとか受けて劣等感を募らせて、ある日召喚のお陰で自分が最強無敵勇者様と気付き、精神状態が滅茶苦茶になったとか? 無敵になった自分が負けるなんて許されない、弱くなったら見向きもされない……とでも思っているのだろうか。お付きの二人も勇者様の強さに心酔して、負けるなんて認められない感じ。

 そう思うのは勝手だけど、彼等が試練に挑むのは本当に危険だ。確実に殺される。だからどうにか諦めてほしい。

 ほしいのだけど……どうやら時間切れらしい。一応今からでもなんとかする術はあるけど、どうせ彼等は聞きはしないだろう。

 なら、好きにさせるだけ。元よりわたしは見定めるだけであり、試練に受けさせるかどうかを決める権限などない。

 試練を与えるのは、『彼等』なのだから。

「そこまで言うのなら、どうぞお相手ください……試練の使者が、現れましたから」

 わたしが勇者様の背後を指差しながらそれを伝えると、勇者様達は一斉に後ろへと振り返る。

 振り返った彼等の顔は、わたしからは見えない。だけど驚きに染まっている事は容易に想像出来た。

 勇者様達の背後に現れたのは、二つの黒い靄のようなもの。

 靄は色濃く、向こう側が透けて見えるものではない。人のような輪郭を取り、頭は勿論、腰の括れや指までハッキリと見える。ただ顔の表情は窺い知れず、胸や爪などもない。輪郭だけが人の形をしていた。背丈や恰幅は、どちらも丁度勇者様と同じぐらいある。

 気色悪い姿をしている、という訳ではない。だけど生理的に受け付けがたい、異様な姿形だとは思う。わたしなんかはもう慣れているけれど、始めて目の当たりにした人はまず間違いなく強い嫌悪を覚えるだろう。

 勇者様達が構えを取り、二つの黒い靄と対峙しようとするのは当然の反応だ。

「な、何よコイツ!? 何時の間に……!?」

「この黒い……魔物? が、試練の相手ですか……?」

「魔物かどうかは分かりませんが、試練の相手なのは合っています。この村では彼等を『シャドウ』と呼んでいます」

 シスターの言葉を半分だけ肯定し、わたしは試練の使者である『影』達の方を見遣る。

 『影』二体はどちらも動かず、勇者様達をじっと見るだけ。彼等は、決して自分からは攻撃しない。ただ相手の顔をじっと見つめるだけ。

 その行為にどんな意味があるのかは分からないけれども、対峙する相手を苛立たせる効果はある。

「黒い魔物か……だけど魔物なんて、ボクの敵じゃない!」

 勇者様は魔法を使おうとしてか、大きく腕を振り上げる。先の話が本当なら、魔力を解き放つだけで山をも吹き飛ばすという力。村の中でそれを躊躇なくぶっ放そうとするなんて、やっぱりコイツ兵器兼危険人物である。

 でもまぁ、今回に限れば村が壊滅する心配はない。

 その力は、もう使えないのだから。

「……あれ?」

 勇者様が振るった腕は、なんの力も発しない。ぶんぶん振り回しても、両手を振っても、何も起こらない。

 それどころか勇者様は、まるで力が抜けたかのように床に倒れ伏した。

「えっ!? な、何してんの!? ふざけてんの!?」

「ち、違……か、身体に、力が、入らない……」

 魔法使いが心配して声を掛けると、勇者様はそう答えた。戸惑う魔法使いとシスターだったけど、その顔にはすぐ敵意が戻る。

 その敵意を向けるのは、勿論『影』達に対して。

 『影』が現れてから勇者様が倒れたのだから、原因が『影』にあると考えるのは、極々自然な発想だ。そして大好きな勇者様を助けるため、その敵をどうにかしようとする気持ちも分かる。

 残念だ。助けようとしなければ、あなた達は助かったのに。

 だけど掟を守る側であるわたしには、それを伝える事は出来ない。仮に意思があったところで、彼女達の動きはあまりにも速くて間に合わない。

 わたしの目の前で、魔法使いとシスターはぱたぱたと倒れた。

「……え? お、おい……なん、何して……ひっ!?」

 助けを求めてか、心配しての事か。這いずりながら近付き、魔法使いとシスターの顔を覗き込んだ勇者様は、小さな悲鳴を上げた。

 遠目に見ているわたしに、今の二人がどんな顔をしているかは知りようがない。だけど二人がどうなったかは、経験と勇者様達の『武勇伝』から予想出来る。

 魔法使いもシスターも、きっと死んでいるのだろう。

「な、なんで、二人とも死んで……!?」

「そりゃあ、あなたが強いからですよ」

「ど、どういう意味だ!? なんでボクの力が使えなくて……これが試練!? だけどボクには異常を無効化する力が……!」

 わたしがぽつりと理由を答えれば、勇者様は大声で問い詰めてくる。

 さて、どうしたものか。試練に対する助言はしないのが掟だ。

 ……だけどこの勇者様の迎える結末は、最早覆らないだろう。もしかしたらこの助言により助かる可能性があるかもだけど、実のところそんなのは大した問題じゃない。助言をしないという掟は試練に失敗させるためのものではなく、公平な条件で試練に挑ませるためにあるもの。試練が終わった・・・・今なら、話しても良いだろう。それを判断するのは巫女であるわたしの領分だ。

 それに、なんというか説明なしというのも哀れに思えてきた。何故負けたのかぐらいは、教えてあげるとしよう。

「力を使えないのは当然。『影』達はあなた自身。あなたの力そのもの」

「ボクの力、そのもの……?」

「一つの『影』はあなたの力の反対の存在。傍に居るだけで打ち消し合い、あなたの力は水平線のように平らとなる。二つの『影』はあなたの力の現し身。同じ力を持ち、真逆のものを守る」

 わたしの説明に、勇者様は目を丸くしている。驚いた、という訳ではなく、上手く理解出来なくて呆けているのだろう。

 或いは、認められないのかも知れない。

「つまり、一つの影はあなたの力を打ち消し、もうひとつの影はあなたと同じ力を持つという事です。寸分違わず、ね。異常を無効化する力も、きっちり打ち消されていますよ」

「は……はっ!? そ、そんな、そんな馬鹿な!? だって、ボクの力は魔王を倒せるぐらい強くて……」

「さて、理屈の方は分かりません。何分お喋りしてくれるような、友好的な方々ではないので。もしくは、アレはただの現象なのかも知れません。例えば力に反応して出来る『形』とか。なんにせよ力の大きさも種類も関係ありませんよ」

「な、なんだよ、それ……そんなの、ひっ!?」

 否定してばかりの勇者様。そんな彼の声に悲鳴が混ざる。

 二体の『影』が勇者様の足を掴んだのだ。ずるり、ずるりと引きずっていき……その最中に『影』達の頭が裂ける。ぬらぬらと揺らめく触手のようなそれが、勇者様の腕に纏わり付き、身体を持ち上げた。

 勇者様は自力じゃ立てないほど弱った身体でジタバタと藻掻くが、『影』達を振り解ける様子もない。段々と彼の顔は青ざめ、目には涙が浮かぶ。瞳は小刻みに震え、顎がガチガチと音を鳴らす。

「助けてくれぇ! どうすれば、どうすればコイツらを倒せるんだぁ!?」

 ついにはわたしに助けを求めてきた。

 大口叩いてこの様か、とも思わなくはないが、彼からすれば多分初めて味わう死の恐怖。わたしだって、同じ状況に置かれたら泣いてしまうだろう。泣き叫ぶ勇者様を指差しながらゲラゲラと笑うような事は出来ない。

 実のところ、わたしだって目の前で人が死ぬのは好きじゃない。巫女という役目柄慣れているだけで、好んで阿鼻叫喚な絵面を眺める趣味はないのだ。

 だから助けてあげられるなら助けたいところだが……『影』の特徴として、自分達に攻撃を仕掛けようとする者にはきっちり反撃してくる性質がある。

 そして『影』の一体は勇者様と同じ力を持つ。つまり、攻撃しようとすれば呪い返し……オークの大群を全滅させた力によってお陀仏という訳だ。魔法使いとシスターが敵意を向けて瞬間死んだ事からして、呪い返しの話も嘘ではあるまい。どの程度の敵意で反応するのか分からないので、こっちも冷や冷やもんである。

 勇者様を助けるには、『方法』を知らねばならない。

「分かりました。その前に一つ、質問に答えてくださいね」

「な、なんだよ!? なんでも答えるから早く――――」

「どうやれば、あなたを倒せますか?」

 喚き立てるのでお望み通りすぐに訊いてあげたら、勇者様は黙ってしまった。

 『影』二体は、今度は腕を解れさせて勇者様に纏わり付く。全身の半分以上が影に包まれた辺りで、勇者様は我に返る。口はまだ塞がっていないので、開いた口から出てきた声はわたしの耳によく届いた。

「た、倒し方!? そんなの、ぼ、ボクは、無敵で……!」

「言ったでしょう? 『影』はあなたの力を完全に映した存在です。だからあなたの倒し方と同じ方法で倒せます。ほら、助けてあげるから教えてください。こんな小娘に出来る方法であれば、試しますから」

 わたしが丁寧に尋ねても、勇者様の口はパクパクと喘ぐように開閉するばかり。何も答えず、空気ばかりが口から出ている。

 まぁ、分かってはいた。彼に答えられる筈がない。

 無敵。

 大概それは個人の思い込みとか周りの勝手な評価なのだけど……もしも本当に無敵があるのなら、そいつは自分自身すら・・・・・・倒せない・・・・筈である。なんらかの方法で自分を倒せてしまうのなら、それはもう無敵じゃないのだから。

 『影』達はその当然の理屈を逆手に取る存在。一つは完全に打ち消し、一つは完全に同じ力を持つ事で……自分達が無敵に成り代わる。無敵だから誰にも『影』達を倒す事は出来ず、当人は『影』が居る間力が使えないので為す術もなし。

 本当に無敵となってしまったがために、勇者様は『影』達に敗北する事が確定していたのだ。

「や、やだ、助け、助け、ごぽっ」

 往生際悪く足掻く勇者様だったが、解れた『影』の一部が彼の口を塞ぐ。息苦しさから充血した目も『影』に覆われ、ついに全身が『影』に包まれた。もう『影』二体はすっかり混ざり合って、一つの集まりになっている。

 最初はジタバタと『影』の内側で暴れていた勇者様だったけど、段々と動きは弱まっていって……やがて動かなくなった。

 すると『影』はぐちゃりと崩れる。

 崩れた『影』は古びた木の床の上で染みのように広がり、ポコポコと泡立ちながら消えていく。十も数える頃には『影』は跡形もなく消えていて、床にはなんの染みも残っていない。

 そして勇者様の姿も、何処にもなかった。

 『影』達はああやって、この小屋に来た者達を何処かに連れ去る。何処に連れ去るのか、連れ去って何をするのか、そもそも本当に連れ去られているのか……そんなのはわたしにも知りようがない。確かなのは、一度『影』に連れ去られた人は、二度とこの世に帰ってこない事だけだ。

 ……ちなみに『影』達は生きてる人間、それもある範囲内で一番強い奴にしか興味がないらしい。だから今回『影』達が勇者様の力を得たのは必然で、勇者様を攫ったのも必然だ。

 そして転がる魔法使いとシスターの死体が、どれだけ待とうと消えてくれないのも必然である。

「……この二人の死体、どうしたら良いのかなぁ」

 ただの旅人とかなら、森に捨てて獣の餌にしちゃえば良いんだけど……この人達は魔王討伐を目指していた勇者様達。多分王国政府の人と色々関わっている筈だ。死体を捨てたところで王国からの使者が来そうだし、むしろ死体がないと事情説明が難しいかも知れない。

 考えれば考えるほど、面倒な事態になっていると感じる。元より死人云々はわたし一人で決められる事ではない。村長に勇者様達が試練に失敗したと報告しよう。責任は上に投げてしまえ。

 それに。

 ……何時、わたしの『影』が現れるかも分からないし。

 ああ、怖い怖い。身体の力すら相殺するから、現れたらわたしもあの勇者様みたく殆ど動けなくなってしまう。そうなる前に退散しなければならない。

 そして此処に横たわる死体を片付ける際には……

「友達、二人連れてこなきゃ」

 わたしの倒し方・・・・・・・を独りごちながら、わたしは小屋を出る。

 こんな簡単な方法すら出来なくなってしまった人達の事を、ほんの少し、憐れみながら。

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無敵の天敵 彼岸花 @Star_SIX_778

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