誇りを買い戻せ2

 CDショップに入った私は、早速CDを買い取って貰いました。そこそこなタイトルでないと二束三文にしかならず、結果的にガソリン代にはならいない。そう思って、車に積んでいたCDの中から泣く泣く選んだのは、ビートルズの赤・青。大好きなジョージマイケルのFaith。その3枚を本命に、残りは布袋寅泰の2枚組ベスト盤とストレイキャッツのベスト盤などです(車に積むのって、ベスト盤が多くなりがちですよね)。


 買取価格は合計で2,000円ほど。買った時の値段に比べるとアレですが、こんなものなのかな。私はとりあえずほっとしました。これで次のスタンドで給油できる。そして、帰宅できる、と。


 でも、同時に、私は大事な何かを失ったような気分にもなっていました。自分がお気に入りだから買ったCD。レンタルでなく、わざわざ買って揃えたものです。貧乏学生だった私にとって、CDを1枚買うというのは、ちょっとした買い物でした。好きなアーティストのCDを、レンタルではなく買う。私はその行為に、ある種の誇りを抱いていたのです。その誇りを、居眠り運転とか言う自らのしょうもないミスで失ってしまったのです。


 さらに、レシートの内訳が私に追い打ちをかけました。一番高額だったのは、意外にも本命ではなかった布袋寅泰のベスト2枚組。そして、一番安かったのはジョージマイケルのFaith。今でもはっきり覚えている買取価格は、100円でした。


 私の大のお気に入りのアルバムが、誇りが、100円で買いたたかれたのです。そして、私はそれを承諾したのです。相場からすれば妥当な金額なのかもしれませんが、問題はそこではありません。これは、私自身のプライドの問題だ。


 すまないジョージ。ありがとう。私は臍を噛んで2,000円分のガソリンを給油してもらい帰途につきました。クーラーは入れずに。その理由は、ガソリンの量に過敏になっていたのが半分、もう半分は、自分への罰だという気分でした。今の自分にはクーラーをつける資格などない。ジョージたちを犠牲にして逃げ出した負け犬なのだ。


 その後1週間。私はジョージの事を考えながら過ごしました。金額的な貢献度から言えば、布袋寅泰やビートルズの面々の方が大きかったのですが、私が思い出すのはジョージのFaithばかりです。ジョージ、お前は決して100円なんかじゃない。100円で買われていい男じゃないんだ。そりゃ浮かれポップで薄っぺらい曲ばかりかもしれない。だけど、それでも私にとっては大きなアルバムなんだ。


 そして週末、私は車にガソリンを満タンに入れ、浜松へと向かっていました。目的地は、そう、あの中古CDショップです。


 とある著名なサッカー選手は言いました。「ワールドカップの雪辱は、ワールドカップでしか果たせない」、と。


 失った誇りは、失った場所でしか取り戻せません。いったんその場所から離れてしまい、時が経ってしまうと、その傷はどんどんと深くなっていきます。できることであれば、誇りを失った直後に、すぐに引き返し、取り戻すのがベストですが、それはとても難しい事です。


 だが、幸運にも私にはそのチャンスがある。そう、浜松へと向かい、ジョージマイケルのFaithを買い戻すというチャンスが。確かにこのまま穏やかに過ごす事もできる。ジョージの件は忘れ、新たな気持ちで日々過ごしていくことが。同じ県内でも浜松ってメチャクチャ遠いですし。だが、今行かなければ、私は一生ジョージに足を向けて寝れない。住んでる場所は知らんけどたぶんイギリスのどこかだ。そっちに足を向けられないのだ。取り戻せないのだ。ならばどうするか。行くでしょ。


 かくして私は片道2時間半(GWにお金を使いすぎて高速に乗れませんでした)をかけて浜松へ行き、あの中古CDショップでジョージマイケルのFaithを買ったのです。300円でした。


 ビートルズ達も買い戻そうかとも思ったのですが、予算的な問題から断念しました。すまない布袋さんにポールにジョン、そしてセッツァーにリー・ロッカー。感謝はしているが、今の私にできるのはこれが精いっぱいなんだ。100円な扱いを受けたジョージ一人に敬意を表する事を許してくれ。


 ひょっとしたら、あのとき私が手にしたFaithは、1週間前に失ったFaithそのものではなかったかもしれません。それでも、私は、1週間前に失った私自信のFaith信念を、少しだけ取り戻したのです。


 その後、私は何もせずにまっすぐと、再び2時間半かけて鼻歌を歌いながら富士宮へと帰りました。車内のBGMは、もちろん、Faithです。


##


 と、そんな事を思い出すのです。あの一件があってすぐ、毛嫌いしていたクレジットカードを作ったなあ、なんて想い出込みで。


 皆様もくれぐれも運転する際にはご注意を。自身の怪我や、相手の怪我という問題はもちろんですが、その他にも、大切なものを失ってしまう事になりかねません。


 さあ、それでは今日も始めますか。いつも通りコーヒーを飲んで。そして、BGMをかけちゃいますか。ライブラリの中から選ぶのは、そうですね。浮かれたポップなアルバムなんかが良いのではないでしょうか。

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