碧色蜥蜴に殺されるなら悪くない

 俺が蜥蜴とかげを神様にしたのは単なる思い付きだった。幼い頃、両親が他界し、厳格な祖母に引き取られた俺は、「いけない」ばかりの生活に不満をため込んでいた。あれをしてはいけない。これをしてはいけない。それをやらなければいけない。


 さらに祖母は信心深く、太陽神に傾倒していた。何か良い事があればアメンのおかげ。悪い事があればアメンの試練。俺が賊に左腕をざっくり斬りつけられて痛みにのたうちまわっていた時も、神様がどうだこうだと言っていた。


 祖母はずるい。俺は心の底から思った。なんでも神様のせいにして、俺に押し付けてくる。本当は神なんて信じていないんじゃないか。俺を自分の思い通りに型に嵌めたいがために、神とかいうよくわからない、それ以上追及のしようがないあやふやな存在に責任を負わせて煙に巻いてるだけなんじゃないか。何せ祖母に詰め寄っても、神様が言ったから、の一点張りだ。文句があるなら神様に言え。言えるわけないだろ、居ないんだから。


 よしわかった。だったら俺も俺の神様を持とう。それも、目に見える奴だ。そう考えた時、足元に一匹の蜥蜴が現れた。岩場の隙間から現れたそれは、赤銅色しゃくどういろにきらきらと輝き、あおく光沢のある尻尾を持っている。尻尾が碧いということは、まだ子供の蜥蜴なのだろう。思わず一歩近づくと、さっと岩の隙間へと入っていった。


 蜥蜴だ。それも碧色の。俺の頭の中にはっきりと神が誕生した瞬間だった。


 それ以来、碧色蜥蜴は俺の神になった。日々、俺は碧色蜥蜴に感謝し、碧色蜥蜴に責任を押し付けてざまざまな事をこなした。修行に耐えるための口実、相手を傷つけるための根拠、盗みを正当化する理由。碧色蜥蜴は万能だった。俺は左腕の残った傷に沿って碧色蜥蜴のタトゥーを彫り、さらに信仰を深めた。


 やがて祖母の組織を継いだ俺は、碧色蜥蜴を組織のシンボルに定めた。構成員は皆、どこかに碧色蜥蜴のマークを付け、敬虔に悪事を働いた。組織を裏切ろうとする者や、害をなす者が現れた時には、碧色蜥蜴の名の下に制裁を下した。


 10年来の友であったナディールがスパイ行為を働いたときも、彼を縛り上げて皆の前で諭した。


「ナディール、碧色蜥蜴の尻尾が碧い理由を知っているか。あの碧色は、新しさを、新鮮さを、清廉さを表す碧だ。碧色蜥蜴は組織のためなら尻尾を切り落とすことを厭わない。そうやってまた、新たな尻尾を得ていくんだ。いつまでも尻尾が碧いということは、動くのを躊躇い、よどみ、壺の底のおりのように溜まった余計な異物を常に排除し、自浄しているからだ。お前とは長い付き合いだが、例外にはできない。俺は助けたいが、碧色蜥蜴が許さないからだ」


 そう告げると、自らの手で友を神の下へと送った。


##


 うつらうつらと、昔の事を思い返していた俺は、顔に冷水を浴びせられて我に返った。目の前には息子のムスタファが偃月刀シミターを手に立っている。そうだ、思い出した。俺は今、息子に縛り上げられていたんだっけ。


「親父、なぜ組織を裏切るような真似をした」

「息子よ、お前達のためを思ってだ。組織はもう手遅れだ。このまま皆で揃って死ぬわけにはいかない。ここらが潮時だ。悔しいだろうが降伏しよう」

「何を腰の抜けた事を。親父、歳を取ったな」

「お前がボスになってるんだ。そりゃ歳も取るさ」

「それもそうか。だが、だからといって組織を売っていい理由にはならない」


 ムスタファはそう言うと、偃月刀を逆手に持ち替えた。


「親父、俺は親父を助けたい。だが、碧色蜥蜴はそうじゃない。碧色蜥蜴の為に、潔く殉死してくれ」


 その表情は、苦悩に歪んでいる。俺はなぜだか、無性に笑いたくなった。


「息子よ。碧色蜥蜴は俺が作った」

「神を愚弄するのか」

「いや、そうではない。だが、わかった。神の思し召しに従え」


 そう言って俺は喉元が良く見えるように頭を上に向け、目を閉じた。殉死しろ、か。神の言う事ならば仕方ない。さんざん世話になって来たんだ。俺が作った神を信じた誰かに俺が殺されるんだったら、それはそれで悪くはないさ。

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