誇りを買い戻せ

 最近、割と頻繁に高齢者による自動車事故のニュースを耳にします。心配される方や眉を顰める方、同情する方など様々かと思いますが、私はそれとは別に、身の引き締まるような気持になります。かつて私も、ちょっと考えられない運転をしてしまった事があるのです。


 静岡県東部、富士山のある街である富士宮市に住んでいる私が、長野県の松本市の友人の家へ遊びへ行った帰りでした。当時、大学を卒業し、各地へと散らばった友人たちが、GWを機に、社員寮という名の松本市の一軒家で新生活を始めた増田くんの家へと集まったのです。


 何カ月ぶりかに合う、社会人となった友人たち。新生活での環境や生活の変化を語り、学生時代の思い出を語りました。皆、社会人になりたてで、緊張の日々の連続だったためか、持ち寄った食べ物やお酒で大はしゃぎをしました。長野のワイン、おいしかった。その翌日の朝の事でした。


 私は中央自動車道に乗り、富士宮へ向かっていました。はしゃぎすぎて少々疲れていましたが、早めに帰って明日へ備えたかったのです。松本から富士宮へと中央高速で向かう場合、途中の岡谷ジャンクションで東京方面へと向かいます。長野へは何回はスキーをやりに来たことがあったので、ルートも景色も、そこそこ覚えているつもりでした。


 私はボーっとしながら運転し、とりあえず車の流れに乗ってハンドルを握っているような状態でした。そして、ふと気づいたのです。周りの風景に全然見覚えが無い、と。ここは通った事が無い。なにかおかしいぞ、と。


 次のサービスエリアへ入り、まずは場所を確認するとそこは駒ヶ岳。私は血の気が引きました。なんと、岡谷ジャンクションを東京方面ではなく名古屋方面に向かってしまっていたのです。その間違いはまだ良いとして(良くないですが)、恐ろしい事に、私には岡谷ジャンクションを通過した記憶がまったく無いのです。ボーっとして、半分居眠りしたまま運転してしまっていたのです。


 そんな状態で事故を起こさなくて良かった。私は心からそう思いました。が、落ち着くと困ったことに気付きました。帰りのルートです。


 帰宅するにはこのまま中央道を進み、名古屋か浜松まで行くしかありません。そこから東名に乗るか、地道に下道を通って東へと行くことになります。ずいぶんと遠回りになりますが仕方がありません。自業自得です。私は浜松へと向かい、高速を降りました。が、ここで困った事態に気付いたのです。それもかなり。


 ガソリンが無いのです。どう見ても浜松から富士宮まで持ちません。ガソリンを入れればいい話なのですが、手持ちのキャッシュが無いのです。松本で思ったよりも豪遊してしまったのと、浜松まで来てしまったことで料金がかさみ、自分でも驚いたことに、1000円札1枚すらありません。まいった。GW最終の日曜日で銀行も開いていません。でもまあ、ATMでおろせばいいか、そう思ったのですが、折り悪く、私の持っているカードの銀行は、GW期間中は稼働していなかったのです。


 これは困った事になった。誰かを呼ぼうかと思いましたが、浜松に頼れる友人はいません。いっそ名古屋に出てしまえば何人かいたのですが後の祭りです。そこで私は、交番へ相談に行きました。事情を話し、あとで返すのでガソリン代として2000円ほど借りれないかと申し出たのです。


 が、けんもほろろに断られました。どうも、当時の浜松では寸借詐欺が横行していたのか、相談した警察官も何回か裏切られたようなのです。まるで犯罪者扱いのように怒られて、私は退散しました。


 どうしよう、とにかく現金だ。そうだ。消費者金融の無人契約機を使ってみよう。そう思いついた私は初めて無人契約機に入りましたが、勝手がわかりません。戸惑っていると、天井から人の声がしました。「お困りですか」と。


 オペレーターの方のようでした。無人じゃないじゃん、そう思いつつもキャッシングをしたいのだと説明すると、初回登録で即日キャッシングはちょっと難しい。今日はGWということもあり対応できない、と説明されました。


 私は途方にくれました。名古屋の友人へ連絡するしかないのか。どうしようか。ケチらずにJAFに加入しておけばよかった。そんな事をうだうだ考えながら、とりあえずは車を東へと走らせました。解決策は一向に思いつきません。車内の私はまるで死刑を待つ受刑者。心許なかったガソリンは、ついにエンプティ・ランプが点灯しています。あと数キロ走ればガス欠になることは確実です。


 私は少しでもガス欠までの時間を延ばそうと、クーラーを切って窓を開けました。5月とは言えアスファルトの照り返しもあり暑く、すぐに嫌な汗が滲んできます。この行為が果たして何分間の節約になるのか。意味はないんじゃないか。そう思いながら運転をしていました。


 不安な気持ちを誤魔化そう、せめて、陽気な曲をかけよう。私はオールディーズのヒットソング詰め合わせのCDを手に取りました。助けてサーフィンUSA。そんな絶望的な気分でした。その時、突然、私の目の前に救いの手が現れたのです。


 国道1号沿いに現れたのは中古CDショップ。中古のCDをお安く買える店舗です。そして、中古のCDを扱っているという事は、買うだけではなく、売る事ができるのです。いつ売るの、今でしょ。私は早速車内に積んでいるCDから目ぼしい物を5~6枚選んで、店舗へと駆け込みました。


##


――と、思ったより長くなってしまったので今日はここまでにします。今日も一日、安全運転で行ってみましょう。

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