私は目玉焼きになりたい
私ときたら心が狭くて、いらちで、すぐに相手に突っかかってしまう。これはいけない。こないだも、
きっかけとなった話題は何かというと、「目玉焼きに何をかけるのか」だ。誰もが1度は話題にする、ある意味鉄板のトピックなのだけども、それがまずかった。私は無難に、というか素直に「塩こしょう」と答えたのだけど、俊太はなんかムカつくドヤ顔で「まだそこですか?」感を醸し出しながら上から目線で「ケチャップ、そしてマスタード」と答えた。その答えというより、俊太を見て私はカチンときた。
絶対無い。ケチャップとか。なにそれ。あまつさえマスタードとか。もうアメリカンドッグに付ける奴じゃんそれ。コンビニで買ったら、あのプチって二つ折りにするとミックスされて出てくるコンビじゃん。あの容器は凄い感動的で便利だけど、目玉焼きにかけるのは無い。そんな無い物をドヤ顔で言うとかほんとに無い。そう主張した。
すると俊太は、やれやれため息(最悪)をついて、あらかじめ用意してきたかのように
「
そう言われて私はぐぬぬ、と言葉に詰まってしまった。確かに私はオムライスが好きでケチャップをかける。おいしい。オムライスでなくオムレツでもおいしいし、ひき肉と玉ねぎのオムレツの時はマスタードが添えるられてると嬉しくなる。そうなのだ。卵とケチャップは相性がいいのは認める。でも、俊太が言う事は認めたくない。だから私は精いっぱいの反撃をした。
「うるさいバーカバーカ」
「子供か」
「一人でケチャップかけてればいいじゃん!」
「言われなくてもかけるけど?」
で、そこから4日。私は
「ねえ、真咲ちゃん、目玉焼きにはさ、なにかけるの」
「んー、おしょうゆ? あ、でもね、直太朗は塩パプリカが好きなの。ねー」
「し……塩パプリカ?」
なんなのそれ。しょっぱいパプリカを添えるの? 浅漬け的な? 私の頭の中にたちまち広がるはてな。それを見て取った真咲ちゃんは、よっこいしょーと立ち上がって実物を持ってきてくれた。
「塩パプリカってのはこれね。手作りもできるけど、めんどくさいから天塩さんの使っているの」
それは、小瓶に入った赤いペースト状の調味料だった。ルック的には水分が少し飛んだケチャップのようだ。スプーンで少し掬って口に入れてみる。おいしい! まろやかな塩気と酸味、それがすぎると、ほわっとほのかに甘味がやってくる。サラダの時のパプリカとは印象が違うおいしさだ。私の膝の上では、直太朗君が自分も食べようと手を伸ばしているが、納得のおいしさだ。
「おいしい! これを目玉焼きに付けて食べるんだ。へえ、直くんグルメだね」
「ふふ。元々はふるさん(美咲ちゃんは夫の事をこう呼ぶ)が使ってたんだけどね、今ではもう直太朗専用みたいになってるの」
「そうなんだー」
「うん。でもまあ、目玉焼きって、ほぼなにかけてもおいしいよね」
美咲ちゃんのその一言に、私はハッとした。そうか、そうなんだ。私たちは、どの調味料が合うか、なんて自分の事ばかり主張していたが、目玉焼きはどうだっただろう。ニコニコ笑って「さあ、何でもかけて下さい」と、どっしりと構えてはいなかったか。そして、何をかけられてもおいしく仕上げていたのではないか。なんという懐の広さ。そして技。目玉焼きさん……あんた凄いよ。私は、塩かケチャップかなどというレベルでイライラしていた自分が恥ずかしくなった。
その日、私は家に帰るとすぐに目玉焼きを焼いた。テーブルの上にことんと2つのお皿を並べると、その脇には塩としょうゆとケチャップとマスタードを置いた。今度は塩パプリカも買ってみよう。そして、私は4日ぶりに俊太を呼んだ。
「目玉焼き焼いたよー」
「おー」
俊太は少し気まずそうにやってくると、テーブルの上を見て笑った。そして私たちは、4日ぶりに楽しく会話しながら食事を始めた。
「目玉焼きってさ、何かけてもおいしいよね」
「だね。塩こしょうもいけるじゃん」
「そうでしょ。ケチャップもいいよね」
「ああ。特に半熟卵だと最高。潰して混ぜてさ」
「え。潰すの引くんだけど」
「は?」
「だって……」
と、そこまで言って私はくすりと笑う。俊太も笑う。そして2人で笑いながら目玉焼きを食べる。きっと、明日も、明後日の朝も。いろんな焼き方をして、いろんな調味料をかけて、いろんな食べ方をして。そして最後はコーヒーを飲んで、また1日を始めていくのだ。
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