蜂の子ちらし
コンビニで買い物を済ませて帰ってきたとき、玄関の上あたりに蜂が巣を作っているのを見つけた。大きさはちょうど私の両手を握ってくっつけたくらい。そこそこの大きさだ。
は? と思ってよく見てみると、巣の表面には蜂がわんさか動いている。ハニカム構造の巣の穴のいくつかには、ちらほらと白い栓みたいな物も散見されて、どうやら絶賛繁殖中みたいだ。
うおおおおお。と声に出さない叫び(叫ぶと蜂に気付かれると思った)を上げて玄関内へ逃げ込み、
「伸ちゃん! 玄関に! 蜂が巣を作ってるううう!」
「お、気づいた? 結構デカいよね」
「よね。じゃなくてさ、どうにかしなくちゃ。危ないじゃん」
「大丈夫だよ。あれアシナガじゃん? スズメバチと違ってあんまり攻撃してこないらしいよ。あー、でも
「だいじょばないじゃん!」
「そのときはハブを焼酎に付けたやつをプーって吹き付ければいいんだってさ。あれ、一回やってみたいよね」
「よね。じゃないよ! 駆除して! 伸ちゃん男でしょ」
「えー。今の時代、男女同権だろー」
そう言って伸ちゃんは画面を見つめたまま動こうとしない。どうやら玄関の上の蜂よりもTVの中のリオレイアを駆除するのに夢中なようだ。この男はもうだめだ。
伸ちゃんを諦めた私は、恐る恐る玄関を出るとホムセンへと急いだ。そしてレジ脇の害虫特設コーナーから、「ハチマグナム」なるでっかい殺虫剤を見つけて買った。今まで気にも留めなかったが、特設コーナーができているなんて、みんな蜂に困っているのかもしれない。
帰宅した私はハチマグナムを手にして覚悟を決める。やるしかない。我が家の平和を守れるのは私だけだ。刺されるかな、と思い長袖の服にロングパンツに着替えようと思ったけど、それはなんだか卑怯な気がしてやめた。
私はショート丈のタンクトップワンピのまま玄関を出ると、ハチマグナムを構えた。やるしかない。改めて覚悟をきめて引き金を引く。ブショワアアア! と、思っていたよりも凄い勢いで殺虫剤が放出され、あっというまに蜂の巣を真っ白な煙が包む。蜂たちはまさに蜂の巣をつついたような大騒ぎでブンブンと飛び回り、1匹、また1匹と墜落していく。ハチマグナムやばい。つよい。
戦いは一瞬で終わった。マグナムを撃ち終えた私は作業小屋から脚立と熊手を持ってきて、よじのぼって蜂の巣を取った。脚立の上から屋根の上を覗くと、屋根や、雨樋の中に結構な数の蜂の死骸が落ちている。触るのは嫌だが、このまま詰まるのはもっと嫌だ。私は軍手を取ってきて取り除いた。取り除いた蜂たちと蜂の巣は、家の前に流れる川へと流した。蜂よさらば。すまなかった。
「駆除できたあああ。褒めてええええ」
私は居間に戻って伸ちゃんに報告する。伸ちゃんはまだ背中を丸めてモンハンをしていたが、ちらっと私を見ると、「えらい!」と褒めてくれた。
「つか
「や、そうなんだけどさ。なんか卑怯な気がして」
「は?」
「だってさ、私は蜂をみなごろしにするわけじゃん? しかも家ごと。それって割と酷い事だからさ、刺されるのも仕方ないかな、って。それくらいはされてあげないとフェアじゃないかな、って思って」
伸ちゃんは飽きれ顔でため息を吐く。
「いや、フェアとかさ。茉祐はいっつもそうだな。蜂の気持ちになってみろよ。自分たちが全滅させられるって時にさ、相手を見たら、ワンピ着たままなんだぜ? なめられてるって思うじゃんか。リゾート気分でカジュアルにジェノサイドされてるって気分になるじゃんか。そっちの方が可哀そうだろ。せめて本気で戦いに来てますよって見せてあげなきゃ失礼だろ。もうフル装備でさ。ああ、こいつにやられるなら仕方ないって未練なく諦めるくらいにさ。ワンピとかさ、自分の気持ちしか考えてないだろ。そういうところだぞ」
なんか良くわかんないけど怒られてる?
「で、刺されてないんだよな?」
「あ、うん。それは大丈夫。ハチマグナムがやばすぎて、こっち来る隙すらなかったみたい。まさに蜂の子を散らすようにみんな逃げてった。」
「それを言うなら『蜘蛛の子を散らす』だろ。『蜂の巣をつついたような騒ぎ』と混ざってんじゃん」
「言われて見るとそうだ。蜂の子を散らす、って。長野のおばあちゃんが聞いたら喜びそう」
「焼いて食べるんだっけ。美味しいのかな」
「わかんない。私は怖くて食べたことないから」
蜂の子ちらし。そんなお寿司が思い浮かんだ。お皿に盛った酢飯の上に、香ばしく炒った蜂の子を散らすのだ。なんならイナゴの佃煮とかも載せて。昆虫寿司じゃん! うひゃー。そんな想像をしながら、私は少し遅めの朝ごはんを作る。
朝ご飯を作りながら、私はもう一度蜂たちに謝る。ごめんね、蜂。せめて玄関の上じゃなければ、物干しの近くじゃなければ、私たち、うまくやっていけたかもしれなかったよ。でも、ごめん。ごめんね。
蜂を大虐殺した私は、きっと地獄行きだろうなあ。ぼんやりとそんな事を考える。それでも私は朝ご飯を食べて、やっていくしかないのだ。さあ、今日も一日、できることからやっていきましょう。
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