ビブリオバトルがあるなら図書館バトルも

 ビブリオバトルというのをご存知でしょうか。なんでも、本を読んだ感想でバトルする催しとのことです。皆で集まって書評を披露し、そして、投票でどの本を読みたくなったのかを決定します。一番票を集めた本、ならびに、書評者が勝ち、というシステムだそうです。ちょっと面白いですね。


 ビブリオバトルは一冊の本・一人の人の戦いですが、そのうち、本ではなく図書館単位でバトルになったりすると面白いかもなあ、なんて思いました。そう、例えばこんな風に――。


##


 新米司書の篠鈴蘭しのすずらんは、必死にPCに蔵書データを入力していた。彼女の座っている机の上には、何十冊もの本が積み上げられている。いや、机の上だけでなく、床の上にまで。その姿は、まるで、眼鏡をかけた小さな生き物が、本の繭玉シェルターの中で力を蓄えているかのようだった。


「これでよし、と。あとは本番だね」

「鈴蘭くん、明日はライブラバトルだね。準備はできてるかい?」

「は……はい! 館長! 精一杯頑張ります」

「うん。頼むよ。何せ全国の図書館がバトルして、勝った図書館から順番に予算が付くのだからね。少子化のあおりを受けて利用者も税収も減っている。図書館に回す予算は限られてきてしまっているからね」

「世知辛いですね……」

「うむ。だがそれでただ指をくわえて待っているわけにはいかない。我々富嶽楼ふがくろう図書館の蔵書や施設の素晴らしさをアピールして予算を勝ち取るんだ」

「はい、準備は万端です! 学習も終了して、AIデータをノートPCに移しました。これで勝負です! それで、静岡県予選の1回戦の相手はどこなんですか?」

「それがな……」


 館長の顔はとたんに暗くなった。


##


 ライブラバトル当日、朝霧の特設会場にアナウンスが鳴り響く。


『さあ、皆さまお待たせしました。いよいよライブラバトル開幕です! 1回戦第一試合に登場するのは……昨年度覇者! 静岡中央図書館! 蔵書数84万! 鉄筋コンクリート地上3階・地下1階!』


 スタンドに詰めかけたファンから一斉に大歓声と地鳴りのような拍手が上がる。


『対するは、新鋭! 富嶽楼図書館! 蔵書数3776! 木造平屋!』


 スタンドから聞こえるのはまばらな拍手だけだった。


「館長! なんでいきなり県図書なんですか」

「くじ引きでね……。だが優勝を狙うにはいずれ倒さなくてはいけない相手だ。同じことじゃないか」

「そんな屁理屈を」

「さ、始まるよ」

「もう! こうなったら覚悟を決めるしかありませんね。行ってきます!」


 ライブラバトル、第1ステージは蔵書データを学習データとして用いたAI同士によるクイズバトルだ。公平を期すため、AIのハードウェアは大会運営委員会から同じ性能のカスタムPCが貸し出され、それを用いる事になっている。つまり、フィジカル的な部分は同じで、あとはどのように学習をさせるのか、蔵書の組み合わせの妙と、学習指導方法がカギだ。クイズは先に10問正解した方が勝ちとなる。


『第1ステージポイントは10-0、勝者! 県立中央図書館!』


「鈴蘭くん、ボロ負けじゃないか」

「くっ……すみません。蔵書パワーが違いすぎて」

「残念だが仕方ない。第2ステージで挽回しよう」

「はい」


『さあ皆さまお待ちかね第2ステージ! 1本先取のライブラバトルです! 両選手、入場です』


 アナウンスと同時に、中央図書館がぐらりと揺れ、そして轟音を立てて立ち上がった。地下部分から足を出し、鉄筋コンクリートの2階部分がぐるりと回転し、開いたかと思うと腕となった。鉄筋コンクリート3階建てのゴーレムは、背中からコンクリートの剣を取り出してリングインすると、悠然と構える。


「いくよ! 富嶽楼! チェーンジ!」


 操縦室コクピットに座った鈴蘭がノートPCをセットすると、富嶽楼が機敏に立ち上がった。木造平屋建ての建物がふわりと空中に浮かぶと、寄木細工のからくり箱のようにカシャンカシャンと変形を始め、人型の木造ゴーレムへと変形する。腰に差していたクナイを逆手に握ると、リングへと飛び乗り、巨大な相手と真っすぐ対峙して低く構えた。


「さすがにデカいね。でも、こっちだって負けないよ! このバトルの為に忍者に関する蔵書をかき集めて学習させたんだから! 富嶽楼、やるわよ! どんなに汚い手を使っても予算を勝ち取るのよ! 忍者だからセーフって事で許してもらえるわ! まずは蔵書手裏剣の一斉投擲! 狙うは相手のコクピットだ!」


##


「負けちゃったじゃないか」

「負けちゃいましたね」

「しかも2秒で反則負けじゃないか」

「忍者っぽいと思ったんですけど……」

「やっぱり図書館が本を投げたら駄目だよ」

「駄目……ですよねえ」

「せめて殴るくらいにしないと」

「殴るのはセーフなんですか」


 かくして新米司書、鈴蘭の初戦は敗北に終わった。だがこの敗北を来年度の大会へと生かすのだ。予算は無いが頑張れ鈴蘭、館長。趣味に走った蔵書しか収集しない2人に明日はあるのか。そんな心配をよそに日々と時間は過ぎていく。そして今日も一日張り切って行ってみましょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る