ねえそれ何周目と私は聞きたい

 寝ぼけ眼でよくこんなことを考える。甘いもの食べた方がいいじゃん、って。そして、これって何周目だろう、って。


 私は決してスリムではないけど太ってもいない。そして太りたくはない。だから甘いものは控えた方がいいのだろうけど、我慢しすぎてげんなりするのは逆効果だ。だから、むしろ食べて行った方がいいのだ。食べすぎは良くないけど、日々のお楽しみ的に少しずつ。てか、食べてもいいじゃん。


 そんな理由というか理屈というかの土台を拵えて、甘いものをぱくりと食べる。甘い。おいしい。もうひと口。そしてちょっと後悔。


 後悔して反省した私はよくこんなことを考える。甘いものは食べたらだめだ、って。そして、これって何周目だろう、って。


 食べ過ぎると体は重だるくなるし、お腹はプニプニしてくる。運動不足と重なると、集中力が持続する時間も減ってきてしまう。適度に好きなものを食べるのは精神衛生上良い事なのだろうが、食べ過ぎて自己嫌悪に陥るのは逆効果だ。だから、むしろすっぱり止める方がいいのだ。どうせひと口食べると次も行きたくなる。だったら、食べない方がベターじゃん。てか、ストイックに行こうぜ。


 そんな風に「食べて良し」「食べたら駄目」をくるくると行きかう。その中間でバランスをとるというのはなかなかに難しくて、大抵は片方の端っこまでいって、そこから反動をつけて反対の端っこまで移動する。まるで狭いグラウンドを何周もするように、ぐるぐる、ぐるぐると堂々巡りしている。


 この堂々巡りはグラウンドのような平面かというと、そうでもない、むしろ違う。高さというか、深さがあって、1周するごとにめりめりとめり込んでいく。2周すればすればさらに。3周、4周……数えきれないほど周回すると、それはもう深く深く。まるで円錐形の螺子ネジのように、食い込むようにがっちりと。


 そうなると、「良しか駄目か」「好きか嫌いか」「有りか無しか」とは別次元でその物事に対してめり込んでしまう。執着してしまう。ようするに、離れがたくなってしまうのだ。これはすごく厄介で、楽しくて、仕方がないことだ。


 「好きだけど嫌い」「無くはないけど無い」などと、ちょっとどうかと思う事が納得できてしまう変な状態までねじ込んでしまう。


 かと思えば、螺子の頭がしまった時のように、急にそれ以上深くはいけなくなってしまったり、ふっとねじ穴がになって、くるくる空回りしたり、すっぽり抜けてしまったりもする。不思議なものだ。


 この螺子のような堂々巡りをしているものごとの話を誰かとするとき、私はこう思ってしまう。「ふんふん、なるほど。でもそれって何周目?」と。甘いものを食べてもいいと力説する郁美に。お酒は飲まない方がいいとしみじみと語る祐奈に。コンタクトより眼鏡の方がフレキシブルで何より可愛いと主張する剛史に。なるほど、それって何周した結論? いや、結論じゃなくてもいいけど何周目の状態? って尋ねたくなる。


 でも、この「螺子の何周目」かを表す言葉というのが今のところ無くて、あるいは、知らなくて、だれか発明してくれたらいいのにな、と思っている。エンジンのトルク数とかみたいに、単位めいた言葉を作ってくれたらいいのな。そうすれば、こう、執着度というか、深さというか、親近感というか、そういうのの目安になるのにな、なんて。


 もちろん、深ければいいというものではないし、深さに関わらず「有りか無しか」の方向性が一致することだってある。それはそれでオッケー。一緒くらいのねじ込み具合くらいの人と、有り無しそっちのけで、ねじ込みについて話すのも、これまた楽しそうだ。そして、ありえないくらい深くねじ込んでしまっている人の話を聞くのは最高に楽しい。


 ……なんて事を隣で寝ている信太郎くんに話す。信太郎くんはまだ寝ぼけ眼で、わかっているような、わかっていないような顔で取りあえず黙って聞いていてくれる。そして、ふむ、と前置きしてこんなことを言う。


「その螺子みたいに刺さるっていう例えばなしってさ」

「うん」

「ひょっとしてエロい事言ってる?」

「は?」


 そして信太郎くんはクスリと笑う。相変わらず最低だ。私は心底呆れたのだけど、つられて笑ってしまう。信太郎くんとは、好きとか嫌いとかを超えた螺子みたいな関係だけど、やっぱり私はこの人が好きだ。少なくとも今この瞬間は。


「よし、するか」

「しないよ! 朝じゃん!」


 調子に乗って抱きつこうとしてきた信太郎くんを躱して、私はベッドから起きる。ぐぐっとひとつ伸びをして、カーテンを開ける。頭の中で想像していた朝日は見えなくてどんよりした曇り空だけど、まあいいか。さて、今日も一日、ぐるりと周っていくとしましょうか。

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