なまえを付けてやるのです

 スピッツというバンドの曲に、「名前をつけてやる」という曲があります。アルバムのタイトルチューンにもなっています。いいタイトルですね。


 「名前を付ける」というのはポピュラーな行為ですが、それによって生み出される効果というか、影響というか、深みというか。割とすごいものがあると思っています。凄さには2種類あって、まずは、ひとつ前のテキストでも触れたのですけど、「曖昧な何かをまとめて形どる」という凄さ。


 「言葉にして初めて気づく」って奴ですね。いままでモヤモヤしていた考えや、知らず知らずに身に着いていた習慣や行動、そして気持ち。なんとなくこれってあるよなあ、という現象などをキッチリと定義というか、捉えられる形というか、そういう物にまとめてしまうわけです。


 例えば、いつもつるんでいる3人組がいたとして、その3人組に対して、「君たちは今日からチリアヤメだ」と名付けたら、その瞬間からチリアヤメという名前を聞いたらその3人組がまとめて思い浮かぶわけです。毎回長々と3人分を説明する手間が省けて超お手軽。


 そして2種類目の凄さが、「名前から想起されるイメージが、新たな何かを作り出していく」という凄さ。なんとなく付けた「チリアヤメ」という名前にしても、「同名の花のように3枚の花弁だから3人なのかな」、ですとか、「薄紫な感じの少し高貴な3人なのかな」、ですとか、あるいは、「チリに住んでる陽気なラテン系のアミーゴたちのトリオなのかな」、ですとか、以前に付けられていた名前から、どんどんイメージが想起されてくるわけです。連綿と積み重ねられてきた名前によるコンボ。昔の人よ、ありがとう。


 実はこれ、「キッチリ定義する」という1つ目の凄さとは相反する部分もあるのですが、お話書きとしてはこっちの方がグッとくるのではないでしょうか。


 名前。簡単なようでいて、やっぱりすごいのです。自分が伝えたかったり、表現したい何かがある場合、良い名前を付けることは、大きな手助けとなります。また、突飛で曖昧な名前を提示することは、その名前が象るものは何かを探るような形で、お話を豊かにする効果があるのです。やりすぎるとアレですけど。


 ちなみに、ひとつ目の凄さに関しては、お話の世界というよりは、学問やビジネスの世界でよく言われているのを目にします。キャッチコピーや商品名といった分野や、野中郁次郎先生が唱えたマネジメント方面での「暗黙知と形式知」。組織論や、いわゆる「学習まなび」の分野でも基礎的な考え方になっていたり。


 ふたつ目の凄さというか、面白さは、いろいろな作家さんが実践されていますよね。私が好きなのは、割と初期の村上春樹さんです。本当に自由闊達に名前を付けてらして、ことばの面白さだけでワクワクしたものです。


 手前味噌になりますが、私もカクヨムさんに投稿したお話の中で、「飴の妖精」を「キャンディード」としたり、「約束をつかさどる蝶」を「ルリチギリ(瑠璃契)」としたりと、名前を付けて遊んでいます。新しい名前の生き物という設定、好きなんです。今度は「禍福かふくあざなえる縄の如し」という諺を定にして、「しあわせの神様」の名前を「アザナエル」にしたお話なんかどうだろう、なんて考えています。ここまでくるとただの駄洒落になってしまいそうですけど。


 そして名前と言えば、私のお仕事であるところのプログラミングの世界でも、識別子や変数といった形で名前の便利さや大切さは良く言われるトピックでもあります。うう、思い出してしまった。頑張ってお仕事します。


 そんなこんなで、「名前を付けてやる」。あらためて、いい言葉ですよね。「かたどってやる」「定義してやる」から転じて「縛ってやる」「呪いをかけてやる」というニュアンスを感じたり、「やる」という部分とセットで強がっている感じが出たり。さらには、「祝福してやる」「祈ってやる」、はたまた、「世界の見え方を広げてやる」「産み出してやる」くらいのニュアンスとして使えることも。まさに「言霊」という奴でしょうか。


 今日という日に名前を付けるとしたら何でしょうか。俵万智さんの詩に「サラダ記念日」なんて作品がありますが、記念日にしてしまうなんてのもアリかもしれませんね。じゃあ今日は「ことのは記念日」という事で。ペラペラすぎてすぐ忘れそうなシナシナの名前ですが、それくらいで丁度いいのです。くすっと笑って少しだけ心と指が軽くなる。そんな名前になっていると嬉しいなあ。さて、今日も一日やっていきましょうか。

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