好きなだけじゃ駄目かな

 「○○のどこが好きなんですか」と聞かれることがあります。そんな時、いつも答えに詰まってしまうのです。好きという物は、好きなだけじゃ駄目なのでしょうか。理由を説明しろと言われると、むやみに考え込んで長くなってしまいます。例えば、こんな感じで。


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 肌を刺すような日差しの中、砂の国ナ=カタジマの砂丘に、一組の男女の足跡が続いていた。男はゆったりとした無地のガンドゥーラを身にまとい、目だけを残してターバンぐるりと頭に巻いている。その痩躯の背には、配達員トランスポーターである事を示す印が刻まれた大きなを背負っていた。


 砂漠の風に吹かれ、男の着衣はパタパタとはためいている。ともすれば、ぼろ布を全身に巻き付けているだけにも見えるが、灼熱の砂漠の気温に日差し、さらには舞い上がる砂を防ぐためには最適な装いなのだろう。


 それと比すと、隣を歩いている女の出で立ちは一種異様だった。一言で言えば水着にパレオ。総紗縫の日傘を手にしたその姿は、まるでどこかのビーチを散歩しているかのようだ。足元だけは、流石に熱砂に耐えるためであろうサンドブーツを履いているが、砂漠を歩くには、お世辞にも向いていない装いだった。


 2人は黙々と歩いていたが、耐えきれなくなったか、男が口を開いた。


「なあ、お前、その恰好どうにかならねえのか」

「あら、素敵でしょ?」

「素敵かどうか以前の問題だ。このクソ暑い砂漠でそんなに肌を露出してると、日にはやられるし、身体だって砂だらけになるだろ」

「砂だらけ! それは困るわ。そうだ! じゃあそろそろシャワーにしましょ」


 女は腰に吊り下げたバックパックから、何やら楽し気に小さなカプセルを取り出すと、放り投げた。ボンッ……という音と煙と共に、たちまちカーテン付きのバスタブが現れる。


 男は立ち止まり、舌打ちをした。それでもひとり先に行くことはせず、腰に手を当て呆れ果てたかのようにバスタブを見ている。これで何度目だろうか。女はなんのかんのと理由を付け、隙あらばバスタブを出し、シャワーを浴びてはまた歩き出す。朝からずっと、その繰り返しだった。


「狼さん、一緒に入ってもいいのよ。でも、優しくしてね」

「誰が入るか。さっさと済ませろ」

「もう、素直じゃないんだから」


 女はカーテンの向こうに消え、楽し気な鼻歌とシャワーの音が聞こえる。砂漠にシャワー。バカげた光景だ。一杯の水さえ貴重なこの場所で、まさに浴びるほど贅沢に水を使い、のんきに汗を流している。しかもその度にあの手この手で男を誘惑してくる。どんな魔法使いか悪魔か知らないが、変な女だ。


 男が女と出会ったのは、新たな依頼を受けにマツエノの街の配達拠点ターミナルに行った時だった。前から走ってきた妙に露出の多い女が、急に男の背に隠れた。何事かと思う間もなく、厳つい男たちに囲まれた。ゴツゴツとした筋肉質の体格や頭に生えた角を見ると、気性の荒いマイカ族の連中のようだ。やれやれだ。


 配達員は、その仕事柄、荷物を奪おうとする輩たちに襲われる事が多い。日常茶飯事というレベルを超えて、もはや業務の一種と言っても差し支えが無い。男は特に詮索もせず、いつものように輩を撃退し、そして荷物を背負いなおし、目的地であるナ=カタジマ王都へと向かった。そして女はなぜか男の後ろをついてきた。


「なあ、なんでお前付いて来てんだ」


 男はカーテンの向こうに尋ねてみた。


「え? なぜかしら。そうね、着いて行ってみたかったからじゃ駄目かしら」

「何も答えてないのと一緒だろそれ」

「そうかしら。うーん。そうかもしれないわね。じゃあ、こういうのは」


 女はカーテンの隙間から顔をひょこっと出すと、濡れ髪のままにっこりとほほ笑んで言い放った。


「好きだから」


 やれやれだ。男はその答えに呆れ果てた。まったくもって訳が分からない。それ以上聞く気があっという間に失せていく。本当に変な女だ。


「もうそれいいわ。さっさと済ませろ」

「そう? じゃあ一緒に……」

「入んねーよ」


 あら、残念。女はそう言い残して再びカーテンの向こうへ消えた。好きだから、か。本当に、なんなんだろうな。好きって。男はそれを考えようとして、そして止めた。


―つづく― ←ほら、長くなった!!

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