第36話 村の伝説


 マスラが扉をくぐると、そこは先ほどの崖から少し離れたところだった。


「マスラ! 」

「マスラ! 良かった! 」


 オットーとトルパスがマスラの姿を見て安堵の息を漏らす。


 ザァァァァァァァァァァ


 外は大雨で三人ともあっという間にびしょぬれになる。


「あー! マスラ! こっちに居たのね! 」


 エミナがこちらを見つけて走ってくるが、こちらもびしょぬれである。

 マスラたちも慌てて走り出す。


「一体どうやって……」

「それより先に雨宿りしよう! 」


 そう言って手近な建物を探す4人。

 すると、村人の一人が傘をさしてこちらへとくる。


「あっちに納屋があるからそこへ行こう」


 村人の言葉に従って納屋へと逃げることにする4人だった。



「とんでもない目に遭った……」


 オットーが服を脱いで半裸状態で嘆いているが心なしか嬉しそうだ。


「結局、あの屋敷は何だったんだろうね……」


 トルパスは完全に裸になってぼやく。

 こちらは魔獣族なので裸でも困らない。

 マスラも半裸になって服を干しながら言った。


「どうもこの村の領主の家みたいだな。大昔に居たみたいだが……」


 楽園時代ゆえに何の記録も残っていないだろう。

 だが、納屋を貸してくれた村人がぽつりと言った。


「あそこは昔、悪い代官の屋敷があったと言われている場所なんだ」

「悪い代官? 」


 訝し気にオウム返しに尋ねるマスラ。


「この村の領民から搾れるだけ搾るような酷い代官で、村人全員を奴隷にしていたらしい」

「全員を奴隷……」


 それを聞いてマスラには何となく意味がわかった。

 あの時、死霊青年に会った場所は奴隷小屋の様だった。

 トルパスが不思議そうに尋ねる。


「それでどうなったんですか? 」

「イサナって青年が奴隷にされた村人を解放して代官を打倒したらしい。だが、イサナはその時に代官と相打ちになって死んだそうだ」

「相打ちねぇ……」


 マスラは首を傾げる。

 

(あそこの屋敷の主はあの竜人みたいだったが……)


 とてもではないが人間の手で倒せるような相手では無かった。

 

(それに竜人が『代官』へと伝説が変質した理由もわからない)


 竜は古より忌み嫌われた究極生物で、天使と敵対関係にある。

 特に楽園時代は天使が虚帆を支配していた時代である。

 

 そして代官とは帝国や王国の直轄地を王や皇帝に変わって治める役職である。


 言い方を変えると天使が支配していた時代に竜が大きな勢力を持った国を作っていたことになる。


(さすがにそれは辻褄が合わない)


 何か不思議な歴史のミステリーを感じるマスラ。

 ふと、持っていた本を見てみる。


「虚帆大陸紀行」


 書かれてある内容はまだ翻訳していないが、ざっと見た限り、楽園時代にあった有名な建物や観光地を紹介する本らしい。


(あの時代には大したことのない観光用の本なのだろうけど……)


 この時代にとっては非常に貴重な本である。

 楽園時代の重要な建物の在処が書かれてあるのだから。


 いくつか興味深いものもあったのだが、一つだけわかっている建物がある。


『カルコス図書館』


 大陸最大の研究学園都市でも『学園都市カルコス』。

 噂では楽園時代からの書物が沢山保管されているらしい。


(噂は本当だったみたいだな)


 あそこにあった本もいくつかはここに保管されているだろう。

 そうなれば、まずはあそこで探すのが一番だ。


(この謎……絶対解いてやる! )


 マスラはそう固く誓った。


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