第13話 トイレ


 そして数分後……


 エミナはあることに後悔していた。


(あ~~~~~~失敗した! )


 これから向かうイサナ村は遠いとは言え、隣の地域である。

 日帰りも楽に出来る距離だが、土砂崩れで起きた洞窟探索と言うことで、汚れてもいい服で来たのだが、それが失敗だった。


(向こうにトイレがあるとは限らないんだ……)


 冷や汗ダラダラで悩むエミナ。

 エミナは今、トイレで用を足している。

 それがどうしたと言われればそれまでなのだが……着ていた服が『ツナギ』だったのだ。


 ツナギは自動車メンテでよく使われる服だが、ある欠点がある。


 トイレで大をするときは上も脱がなくてはならない。


 それを着ている女性が普通にトイレに行くとどうなるか? 


(トイレのたびに裸になるツナギで来ちゃった! )

 

 今のエミナはボリュームのある胸を押えているブラジャーだけの姿で用を足していた。

 こういった公共の場のトイレなら、なんら問題は無いだろう。


 これから向かうのは洞窟なので、当然ながら彼らと共に進む道である。

 ただし、トイレのたびにほぼ全裸になる服を着ての道程である。


(トルパスは良いとしてマスラはまずい! )


 先日の飲み会でも何やら不穏当の言葉が飛び出していたので貞操が危うい。

 

(ま、まあ嫌いでは無いんだけどさ。ちょっと手順というか順序を守って欲しいと言うか……)


 いつもは男勝りと言われているエミナだが、そこはやはり女の子。

 色々と複雑なのだ。


(まあ、考えてもしょうがない! )


 割り切ることにしてトイレの外に出ようとしたその時だった。


「……いい? 必ずメモを奪い取るのよ」

「わかりましたよ。あたしらにお任せください」


 ドアの向こう側で何やら話し声が聞こえてくる。


(何ごと? )


 訝し気に聞き耳立てるエミナ。


「しかし、メモを取るだけで良いんですか? 」

「正確には取らなくてもいいわ。破いてくれさえすれば」

「それじゃ、中身がわからないでしょう? 」

「あなた方にはわからなくても良いものよ。とにかく奪い取って破いて捨てなさい」

「はぁ……」


 女の声音の割に相手の女は乗り気ではなさそうだ。


「それから、メモが気になるならあなたたちはそこに行ってもいいわよ」

「……良いんですか? 」


 不思議そうな女の声。


「ええ。あの男が彼に渡したのがまずいだけよ。メモが無くなりさえすれば何も問題ないわ」

「……ええと……そいつがメモを書き写してる可能性もありますよね? その辺は良いんですか? 」

「それもかまわない。メモさえ奪えばそれでいい」

「はぁ……」


(……何の話かしら? )


 何やら『メモ』を奪いたいみたいだが、書き写したメモなら問題ない様だ。

 

(なんか引っかかるわね……)


 音をたてないように静かに聞き耳を立てるエミナ。


「上手くやってもらわないと困るのよ? 最悪は殺しても構わないわ」

(何でそんな密談をこんなところでするのよ! )


 犯罪臭漂う話に凍り付くエミナ。

 この世界の治安は『アクション映画なみ』である。

 すなわち、平穏な所は平穏だが、ちょっとした弾みでアクセル全開で戦う。

 また、魔法や武術と言った徒手でも危険な技術が多いことから銃や刀剣類の携帯が許されている。

 当然ながら犯罪発生率も高いので自分の身は自分で守らなければならないのが、この世界の怖い所だ。


(どうして!? あたしがトイレに入ってるのに何で話すの!? )


 普通に考えればトイレに誰かいるのに犯罪の話はしない。

 そしてエミナは気付く。


(……鍵閉め忘れてた……)


 鍵が閉まって無かったので向こう側から『空』になっているのだ。

 特殊な服を着て焦っていたのが災いした。

 今から鍵を閉めても、その音でバレるので遅い。


 そんなこととは露知らず、女の一人がこう言った。


「すでにうちの連中が動いてるから大丈夫よ。すぐに捕まえ……」


 言い続けようとするとその言葉が止まる。


コツコツ


 誰か別の人が入ってきたのだ。

 それを聞いて冷や汗がぶわっと出るエミナ。


(や、やばい……)


 彼女らは誰も居ないとおもって話しているのだ。

 新しく来た人が自分の個室に入ろうとすると間違いなくバレる。


「あー年取るとトイレ近くなって困っちゃうわ~」

 

 おばちゃんの声が聞こえて段々と自分の個室に近づいてくる!


(や、やばい! )


 汗をダラダラ流すエミナ。

 

 ガチャリ


 ドアを開く音がした!


(やばい! )


 思わず目を閉じるエミナ。

 そしてすぐにおばちゃんの声が聞こえた。


「あー危なかったわ」


 そう言って隣の個室でおばちゃんが用を足す音が聞こえてくる。


コツコツコツコツ


 複数の足音が遠ざかっていく……


(助かった! )


 慌ててツナギを着て恐る恐るドアを開けて様子を窺ってみても誰も居ない。

 エミナは一安心すると……


「関係なさそうだし、もう少し……」


 そう言ってトイレに戻って……今度こそ鍵を掛けた。


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