第11話 謎の美女


 マスラは『太古の達人』の研修室に居た。

 資格を取ったからと言ってすぐにトレジャーハンターとして仕事が出来るわけでは無い。

 最低限のルールを守るようにライセンスを取った者に講習が必要になるのだ。


「そのため、ライセンスを持つ者であれば偶然見つけた遺跡に初動捜査に入る権利があり、記録を取ることと、持ち帰ることが条件になりますが、遺物を持って帰って換金する資格があります」

(つまり、昨日のおっさんの遺跡に入っても、OKなわけだ)


 ノートにメモを取るマスラ。

 この辺は下手に破ると永久追放になるので、ルールを守るのが肝心になる。


「概ね、記録は写真などを取る程度で許されますが、基本、上下前後左右、俯瞰から撮ることを推奨されます。これは石像などの配置や向きが時として大きな意味を持つことがあるからです……」


 細かい説明をするのは大学教授のような小難しい顔をした白髪白髭の先生である。

 というよりも実際に大学教授なのだ。


 ここはオブニーコスにあるアルデルス大学で、主に遺跡研究で有名な大学である。

 世界三大大学として知られ、学園都市カルコスのカルコス学園と神教を教えるアルドゥム大聖堂内にある「神叡大学」と共に世界における最先端を学べる大学でもある。


 自由都市オブニーコスにあるのでどちらかと言えば商業技術などに特化しているのだが、この大学がインターネットを復元したお陰で家に居ながら世界中と繋がることが出来た。


 仲介業者ヴェルミンと一口で言っても、その内容は様々で厄介食堂のような営利重視の業者もあれば、こういった大学がスポンサーの仲介業者ヴェルミンもある。

 特に遺跡はロストテクノロジーの宝庫なので遺跡発掘は大学が中心となって行われている。

 それ故にうっかり壊して大事な技術がぱあになることもあるので、こういったライセンス制を設けているのだ。


 ライセンスは基本、出した所のみで有効なのだが、こういった公的な役割がある処では複数の仲介業者ヴェルミンから認められるので割と汎用の利くライセンスでもある。

 

「また、科学型の遺跡の場合、コンピューターのタイプが時代ごとに違うので、記憶装置の在処が……」

(まあ、知ってるんだけどねぇ……)

 

 あくびを噛み殺しながらマスラは教授の話を聞いていた。


 そして数時間後


「いやぁー終わった終わった! 」


 伸びをしながら教室から出るマスラ。

 同じようにトレジャーハンターの卵たちが少しずつ教室の外に出る。


 アルデルス大学は近未来的なイメージからか、非常にスタイリッシュな外観をしている。

 一見すると無意味な現代美術のような造りになっているが、アルデルス大学は実用性を重視する。

 掃除がしやすいデザインゆえに非常に綺麗な構内になっている。


 マスラが居る場所は一般人が出入り可能な区域で、主にトレジャーハンターが出入りするのだが、食堂や購買なども存在する。


 中には大学で開発されたばかりの試作品の使用を募集していたりもしている。

 こうやって実用性のある物だけを研究していくのがこの大学の特徴だ。


 その結果、当然ながら古代遺跡に残る科学、魔法、武術の技術を探るのも仕事である。


「新しく開発されたパワードスーツの試着者募集! 」

「バラハアキ遺跡第25探検隊隊員募集! 」

「サンパテルのリーアノックの情報を求む! 」


 そう言った看板があちこちにあって、電話番号が書かれてある。

 ここから連絡して互いの信用を確認したりして仕事を行うのだ。

 もっとも、これ自体はネットで調べることも出来るので、普段はそっちで調べるのだが。


 マスラが依頼催促の看板を流し見していると声がかかった。


「ようマスラ! おまえもようやくトレジャーハンターになれたのか? 」

「ようやくなれたよジンダ」


 マスラが振り向くとカウボーイハットをかぶり、鮫皮のジャケットを着たやんちゃそうな男がにやりと笑っていた。


 彼の名はインドジンダ=ジョーズ


 マスラよりも3歳年上で先にトレジャーハンターになった男だ。

 彼は元々考古学の博士号を持っていたが、教授になれなくてトレジャーハンターになった。

 こっちの方が有利に思いがちだが、トレジャーハンターの場合、サバイバル技術も重要になる。

 怪物が跳梁跋扈する未踏地域は危険なのだ。


 マスラはその辺は有利だったのだが、考古学は畑違いで時間がかかったし、ジンダの方はサバイバル技術の会得に時間がかかった。

 怪物に遭遇する世界では単に博士というだけで発掘が出来るわけでは無い。

 ジンダはカウボーイハットを上げてにやりと笑った。


「お前が足踏みしてる間に俺は遺跡を一つ見つけたぞ! 見てみろこれを! 」


 そう言ってジンダが得意げに鼻を鳴らして写真を見せる。

 修羅時代の遺跡らしく、崩れかけた建物には鉄格子が入っている。

 それを見てマスラは苦笑する。


「普通の民家じゃねーか。それも修羅時代のだろう? そんなに価値は無さげだな」

「うぐ……」


 痛いところを突かれた顔になるジンダ。

 時代区分は古い順に楽園時代、魔法時代、科学時代、修羅時代、混沌時代、そして現代に分かれる。

 古い方が貴重で価値のある内容になるのだが、そんな時代の建物はすでに崩れているのが当たり前だし、土に埋もれている。

 また、そこに至るまでに幾度も唯一神による『浄化』に遭い、文明が消滅させてられているのだ。

 

 それを考えると修羅時代は一回しか『浄化』を食らっていないので比較的建物が残っているのだ。


 だが、マスラは続けて言った。


「けど、こんだけ綺麗に残ってんなら、結構良いものがあったんじゃねーのか? 」

「ま、まあな! 」


 冷や汗たらたらで答えるジンダ。

 どうやらあまり良いものは手に入らなかったようだ。

 苦笑してマスラは続ける。


「ま、俺も新しく見つかった遺跡に行くんだけどな」

「え? そうなの? 」


 きょとんとするジンダ。

 マスラは得意げに答える。


「なんか変なおっさんに酒場で譲ってもらったんだ。『応援したいから』って」

「良いなあ! 俺なんかジャングルの中を延々と虱潰しに探してやっとこれだぞ! 」


 悔しそうに叫ぶジンダ。

 実際、遺跡を見つけるなどと言う幸運は滅多に無い。

 実はジンダが見つけたのもかなり低い確率である。


 幾度となく『浄化』を食らったとは言え、全ての時代の遺跡は存在している。

 魔物デーモン怪物モンスターが跋扈する混沌時代を経て間もない今は、高速道路や新幹線の駅の無い地域の資料が完全に紛失して空白地帯になっており、未だに見つかっていない遺跡や集落が多いと言われている。


 ジンダもそんな空白地帯から遺跡を見つけたので十分凄いのだ。

 そんなジンダに地図を見せるマスラ。


「まあ、酒場の変なおっさんから渡された地図だからなぁ……どんなことになるやら」


 ジンダはしばらく地図を凝視していたが顔を曇らせる。


「なんだ? イサナ村? 聞いたことないな? 」

「なんか小さい村だから知らないと思うぞ? 」


 そう言ってイサナ村の位置を携帯端末で見せるマスラ。

 ZENRAという地図アプリで大陸の主要な地域の地図が見られるアプリだ。


 ジンダが困った顔になる。


「……この辺は普通に村がある地域だろ? 遺跡なんてあったらすぐわかるだろ? 」

「なんでも土砂崩れで見つかった遺跡らしい。本当は報告するつもりだったけど俺にあげるって言ってきた」

「すげえ胡散臭いな」

「俺もそう思う」


 二人して曇り顔で地図アプリを観る。

 ジンダは言った。


「本当にあるのか? 」

「わかんね。まあ、近くだし行ってみようかなって」

「行かない方が良いわよ」

「まあ、確かにそうおも……う? 」

 

 急に横から声が聞こえたのでそちらを振り向く二人。


 そこに立っていたのは長い紫色の髪をした美人だった。

 シックな白いオフィススーツを着ており、如何にも知的な美人と言った感じだ。

年のころは二十代後半ぐらいだろうか? 

 かなり若く見えるが、落ち着いた大人の女と言った感じで、ややきつい顔立ちの美人である。


「あなたが言ってるのは裸踊りをしていたおっさんでしょう? 」

「そうです! その通りです! 知ってるんですか! 」

「ええ、勿論。近隣で「若者を応援したい」と言って変な地図を渡す糞じじいよ」


 バッサリと言い切る紫髪の美人。

 それを聞いてマスラはげんなりして、ジンダはにやにやと笑い始める。


「……まじで? 」

「そう、マジで。だから行っても無駄よ」

「そっかぁ……」


 地図の紙を右手でひらひらとさせるマスラ。

 すると、女性の目がきらりと光った。


(……ん? )


 その挙動が気になったマスラは気付かないふりをする。

 試しに地図の紙を左手に持ち替えてみる。


「結局意味ねーかぁ……」


 そう言って左手で捨てようとするマスラ。

 だが、女性の目が紙から離れないのを見逃さなかった。


(なーんか狙ってやがるな……)


 上手い事言ってこの紙を手に入れようとしているようだった。

 それに気づいたマスラは紙を無造作にポケットに入れる。


「じゃあ、やーめた……今日は帰って寝よ」

「残念だったな♪ まあ頑張れよ♪ 」


 嬉しそうに笑って手を振るジンダ。

 だが、美人は声を掛けた。


「その紙はどこに捨てるの? ちゃんとゴミ箱に捨てるのよ? 」

「わかってますって」


 そう言って去っていこうとするマスラ。

 すると美人は声を掛けた。


「ちゃんとビリビリ破いて捨てるのよ? 何なら私が捨てとくわよ? 」

「良いですって。家のゴミ箱に捨てますから」


 そう言って去っていくマスラ。

 するとジンダは髪を手で梳き直して鏡で顔を確認してから美女の前に出る。


「やあやあ! 助言ありがとうございます! 私はつい最近遺跡を発見したインドジンダと申す者! お姉さんはこの辺の人ですか? 」

「違うわよ」

「そうなんですか? どこから来たんです? 」

「あっち」


 そう言って東を指さす美人。

 三月の暖かな空と海が広がっている。

 ジンダはそっちを見ながら下心丸出しの顔で聞いた。


「東と言うとオリエンティスとテムガリアの方ですか? 素敵ですね。実はわたしもそっちの方の出身でして、あなたはどこの……」


 そう言ってジンダが振り向くと美人は居なくなっていた。


「あ、あれ? 」


 ジンダはあたりを見渡してみるが、どこにも見当たらない。


「……話ぐらいして欲しかったな……」


……悔しそうにその辺の石を蹴った。


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