第9話 お祝い


 そして数時間後……

 三人は居酒屋『赤城屋』で飲んでいた。


「酒じゃァ! もっと酒を持ってこーい! 」

「いい加減落ち着きなよバカ! 」


 上機嫌に酒を飲みまくるマスラを羽交い絞めして止めようとするエミナ。

 するとマスラは座った目をしてエミナに言う。


「いつも思ってるけど……お前良い乳してるよなぁ……」

「うん。ありがと。素面の時に言ったら殴るけど」


 額に青筋立てながら答えるエミナ。


「合格記念に揉ませろ」

「拒否」


 マスラを羽交い絞めしたまま、何やら関節技を仕掛け始めるエミナ。

 マスラはそれを軽く振りほどきながらも言った。


「じゃあ、チューしろ! 」

「ええ? そ、それはやっても良いけど、ここじゃぁ……」


 ちょっと顔を赤らめて戸惑うエミナ。

 だが、尚もマスラは叫ぶ。


「良いからチューしろ! 出来ないなら帰れ! 」

「トルパス! こいつはあんたのメンバーでしょ! 何とかしなさいよ! 」

「いや、そう言われても……」


 困り顔のトルパス。

 すると、なにやら歌声が近付いてきた。


「めでてぇなぁ♪ めでてぇなっ♪ なんか知らんがめでてぇなあ♪ 」


 変なおっさんが裸踊りをしながら近づいてきて、マスラの前で踊りだした!

 禿げ頭に百キロはありそうなおっさんで太った腹をゆさゆさ揺らしながら褌一枚のみで踊っている。


「カトリー♪ カトリー♪ カトリ―♪ 」


 醜悪な太ったおっさんの裸踊りを見せられて急速に酔いがさめるマスラ。

 素に返ってしまったのでぽつりと尋ねる。


「あー……おっさん。何で裸で踊ってんだ? 」

「裸で何が悪い! 」

「その裸は小汚いんだよ! エミナ! 見本見せたれ! 」

「しないわよバカ! 」


 そう言ってマスラの頭を小突くエミナ。

 その間にもおっさんは踊り続ける。


「はぁーめでてぇなぁ♪ めでてぇな♪ なんか知らんがめでてぇなあ♪ 」

「なんなんだよその歌……」


 あきれ果てるマスラ。

 するとおじさんは陽気に笑いながら言った。


「いやねぇ! お兄さんが考古学のライセンス取ったって聞いてねぇ! おじさん応援したくなっちゃったのよ! いやぁーめでてぇなぁ♪ 」

「普通に酒をおごる方が応援になるから裸踊りで応援は止めてくれ」

「はぁーめでてぇなぁ♪ めでてぇな♪ 」

「聞けよ人の話……」


 真顔で文句を言うマスラだが、おじさんは平然と踊りだす。

 エミナやトルパスも微妙な顔つきだ。


「なんなんだろこのおじさん」

「あー……聞いたことある。この人は多分『めでてぇおじさん』だ」

「『めでてぇおじさん』って何よ? 」


 呆れかえるエミナ。

 トルパスはぼんやりと答える。


「都市伝説で酒場に現れて裸踊りをする太ったおじさんらしいよ」

「それはただの脱ぎ癖のあるおっさんじゃないの? 」


 至極真っ当な答えを出すエミナ。

 するとおっさんは辛うじて着ていたフンドシから一枚の紙を持ち出した。


「いやねぇ。おじさんは一つ古代遺跡を見つけちゃったのよ」

「……古代遺跡? 」


 マスラが訝し気に尋ねる。

 おじさんは陽気に笑いながら答える。


「アルパテルの西南にイサナ村ってのがあるのよ。それでこの前の大雨は覚えてる? 」

「この前……ああ、2か月前の大雨か」

「そうそう! 」


 陽気にフラフラしながら答えるおじさん。


「大雨で土砂崩れが起きちゃってさぁ、そこの被害状況を確認しに行ったら、大穴が出来てたのね。そこで古代遺跡みつけちゃったのよ」

「へぇ! 」


 嬉しそうなマスラ。

 それを見てにやにや笑うエミナ。


「なんか嬉しそうじゃん? 」

「そりゃ、古代遺跡って聞けばトレジャーハンターの血が騒ぐからな」

「あんたは今日ライセンス取ったばかりでしょうが! 」


 さらっと言い放つマスラにツッコミ入れるエミナ。

 裸のおっさんはさらに続ける。


「古代遺跡の場所を大学に伝えてお金にしようと思ったけど、折角ライセンス取った若者がいるなら応援しようと思ってね! どうだい? この古代遺跡行っているかい? 」


 そう言って紙をエミナに差し出すおじさん。

 それを見て顔をゆがめるオル。

 フンドシの中に入っていたメモは触りたくないのだ。


「あ、あたしは良いよ! トルパスに渡してやって! 」

「ぼ、ぼくも良いよ! 」


 そう言って最後にマスラの方へと紙がまわってくる。


(ふんどしの中に入れたメモの古代遺跡にどんな価値が……)


 そう思ってマスラが断ろうとしたその時だ!


ズン


 何やら重い空気を感じた。


(……なんだ? )


 おじさんの紙から異様なオーラを感じたのだ。

 おじさんの紙は綺麗に四角折になっており、中には簡単なメモと村の地図が記されただけである。

 

 だが、その紙に異様な重みを感じたのだ。


(……なんかあるみたいだな。考古学上の直感……)


 意外に遺跡発掘でも不思議な直感のような物がある。

 何の気なし掘ってみたら凄い発見があったり、何となく気にある土器の欠片を集めたら物凄い埋蔵品だったとか……そういった運命に導かれる瞬間がある。


(これはそんな遺跡だと言うのか……)


 不思議な何かを感じる紙に戸惑うマスラ。

 おじさんは笑いながら尋ねる。


「どうする? 行くの? 行かないの? 」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 先ほどまで軽く感じたおじさんの言葉が、今では巨大な重みをもってマスラにのしかかった。

 エミナが横で見ていてぽそりと耳打ちする。


(やめときなさいよ。胡散臭いでしょ? )


 こう言った変な情報を振り回されるのもこの世界では多々ある。

 謎の学説を信じて一生を棒に振るような学者も後を絶たない。

 トルパスも言った。


(止めとこ? 最初は『太古の達人』でちゃんとした依頼を受けた方が良いって! )


 何でも屋であるアリトーにはこう言った良い話がひょこっと手に入ることがある。

 だが、その大半は『非合法』の危ない話で、行ってしまったために裏街道を走る羽目になることもある。


 二人はそれを危惧したのだが……


「行きます」


 毅然とマスラはおじさんに言った。

 するとおじさんは紙を渡して踊った。


「めでてぇなぁ♪ めでてぇなぁ♪ 後悔しなくてめでてぇなぁ♪ 離婚しなくてめでてぇなぁ♪ 」


 変な歌を歌って踊るおじさん。


(なんかよくわからねーけど……)


 改めて紙の様子を見るマスラ。

 紙はやたら古い紙で出来ており、端は適当に破られている。

広げると裏に古いインクで世界地図が書いてあった。

 それを見て嫌な予感がしたマスラ。


「おっさんまさか……」

「いやぁ適当な紙が無くてねぇ……仕方ないから遺跡にあった世界地図から拝借したんだよ」

「なんつー真似を……」


 ありふれた世界地図は考古学的な価値は少ないが、それでも重要な遺物である。


「実はよく考えると遺跡破壊になるからまずいなぁって思ってたんだよ」

「だから俺に渡したのかよ……」


 要は証拠隠滅である。

 とはいえ、マスラにとっては願ってもないチャンスである。

 マスラは苦笑して言った。


「良いよ。遺跡に行ってくる。ついでにこれを戻しとけば良いんだな? 」 

「おじさんは嬉しいよぉ! きっとお兄ちゃんにはいいことあるよ! 」


 そう言って踊りながら去っていった。

 後に残された三人がぽかんと呆けた。

 最初に口を開いたのはエミナだった。


「何で行くことにしたの? 」

「いや、何かちょっと気になって……」


 しどろもどろで答えるマスラ。

 トルパスも微妙な顔だ。


「大丈夫かなぁ……この遺跡……」


 ほとんど未踏の遺跡は危険の宝庫でもある。

 初めてのトレジャーハンターには荷が重い。

 だが、マスラは言った。


「俺の親父なら行くと思ってさ……」


 そう言って遺跡への地図をしっかりと見るマスラ。

 古ぼけた世界地図の裏にはおっさんの適当な地図が書かれてある。


「大丈夫だって。アルパテルはすぐ隣の都市だし、みんなを巻き込まないから。俺一人で行くよ」


 そういって手をひらひらさせて笑うマスラ。

 だが、トルパスとエミナは互いに笑ってマスラに言った。


「何言ってんの? 」

「友達だろ? 」


 そう言ってひらひらさせてたマスラの手を取る二人。


「一緒に行こ」

「あんたが心配だから私が手伝ってあげるわよ」


 それを聞いてマスラも笑った。


「じゃあ、みんなで行こうか? 冒険の旅へ! 」

「「おう! 」」


 そう言って三人は笑い合った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る