第8話 飛行機だけ無い世界


 円環の蛇ミーブの投稿動画を見たトルパスは体を震わせてぼやく。


「竜を刺激するのは死を意味するのに……竜の群れの真ん中に突っ込むなんて正気とは思えない……」

「けど、親父はそれをやった。なんでそんな無謀なことやったのやら……」


 マスラも不思議そうにする。

 マスラが居たアキツ島はミーブにもっとも近い島の一つでもある。

 実際にマスラがいた所では、ちょっと沖合に行くとミーブが見れたぐらいで、幼い頃のマスラも何度か見に行ったことがある。

 トルパスが『一万搾り』を飲みながら呟く。


「大陸最強の種族の『竜』……」

「その鱗は機人より固く、その魔力は魔人より多く、その膂力は修羅よりも強い……」


 マスラがその先を続ける。


「楽園時代を築き上げた天使たちすらも手を焼いた最強の種族。天使の次に覇者になった魔人、機人、修羅はそれぞれ『ドラゴンスレイヤー』を作り上げることで覇者となった……」


 この世界で最初に文明を築き上げたのは光の神の眷属である天使である。

 彼らはここに地上の楽園を築き上げたが、人間の強欲に呆れて天界に帰ったとされる。

 その後、空白地帯となった大陸には竜が暴れたが、そこで魔人種族が魔法を極めて竜を打ち倒す『滅竜魔法』を作り上げることに成功。

 竜を倒せるようになったことで大陸の覇者になったが、神の怒りに触れて『浄化』を受けてその文明は滅んだ。

 その後、機人も修羅もそれぞれドラゴンスレイヤーを作り上げたことで大陸の覇者となった。


 だが、言い換えればこの三つの種族しかドラゴンスレイヤーを生み出したことが無い。

 それ故にドラゴンスレイヤーの恩恵を貰える三種族と代替技術が使える人間しか大陸を治められなかった。


「竜は知性を持ち、敵に対して進化する速度が速い。それでも大陸三覇種の技術の進化の方が速かっただけに過ぎない。それほど強い竜に対して、何で一介の考古学者に過ぎない親父が立ち向かったのやら……」


 マスラはビールを呷りながら考える。


「おふくろ曰く、親父は出会ったときには飛行機を持ってたらしい。実際に乗せてもらったこともあると言っていた」

「そうなの? 」

「ああ。すぐに竜に追い掛け回されたそうだが」

「空を飛んでるからねぇ……」


 トルパスが苦笑するのももっともで、竜は空を飛ぶものを追いかける習性がある。

 これは長年謎になっていることで、特に鳥を食べるわけでも無く、鳥ばかり襲っているわけでも無いのに何故か空を飛ぶものを追いかけるのだ。

 そのせいで冷蔵庫も携帯端末もインターネットもあるこの世界で『飛行機』だけは存在していない。

 目の前にある残骸を除いて。


 ビールを呷って残骸をパンと叩くマスラ。


「この飛行機は『音速』を越える飛行機だったらしい」

「だから、竜族から逃げきれた」


 トルパスは言葉の続きを答える。

 何度も聞かされている話だからだ。


「空を飛ぶものは何故か竜族が襲ってくる。だから竜族から逃げきれる音速飛行機を作ったんだね」

「ああ。だけど、そもそもなんでそこまでして飛行機を作ったんだ? 『新幹線』や『高速道路』があるからそんなもの作る必要も無いのに」


 『新幹線』とは大陸地下を網羅する高速鉄道網で、『高速道路』も同様に自動車用の道路である。

この二つがこの世界の主要な交通網になる。


 この世界には車も高速電車もある。

 だが、『飛行機』だけは無いのだ。

 とはいえ、そこは人間のやることで、無いなら無いで陸や海の交通網が発達する。


この大陸の中心にある自由都市オブニーコスは4大陸全てに行き来可能で、大陸の東西北にまっすぐに走るサクフォード海道の交差する場所にある。


 海の交通網も陸の交通網も十分充実している。

 

 マスラはぼやく。


「竜が空飛ぶ者を襲う理由として、大昔の楽園時代に竜と天使と戦っていたからだとも言われているが、その後の科学時代や魔法時代、ともすれば戦国時代にも空を飛ぶ者の記録は残っていた」

「科学時代には戦闘機、魔法時代には空中都市、修羅時代には飛空術ってのがあったみたいだしね」


 トルパスが言うのももっともで、そう言った伝承も残っている。

 実際に空中都市が落ちて生まれたオブクベキ遺跡というものもある。

 マスラはビールを飲もうとして空であることに気付き、そのまま作業机においてぼやいた。


「何で混沌時代に入ってから急に空を飛ぶものを攻撃しだしたんだろ? 」 

「さあ? 僕は竜じゃないから、わからないね」


 そう言って冷蔵庫からチーズを取り出して食べるトルパス。

 カチャカチャという虫が何かを食べるような咀嚼音が聞こえる。


「問題は山積みだ。何でミーブを越えようとしたのか? どうやって音速飛行機を手に入れたのか? それから……オヤジは何をやりたかったのか? 」

「お母さんは教えてくれないんだよね? 」

「ああ、言えば間違いなくオヤジの後を追いかねないってな」

「言わなくても追いかけてるのにね」


 苦笑するトルパス。

 ややもするとグロテスクにも見える蜘蛛の顔だが笑ったときは優しい。

 そんなトルパスだがお腹に手を当てて言った。


「そろそろご飯にしない? お腹すいたよ」

「そうだな……そろそろメシにするか」


 そう言ってマスラが飲み終えたビールをそのまま缶のゴミ箱に捨てる。

 ちなみにこの世界でもごみの分別はうるさい。


「おーい! 」


 御飯にしようとした二人をエミナの呼び声が止める。


「さっき言い忘れてたけど、手紙来てたよ! 」

 

 そう言ってにやにやと笑いながら手紙を渡すエミナ。

 手紙には『太古の達人』と書かれていた。


「遺跡発掘のライセンスの合否通知でしょ? 見せてよ? 」


 アリトーはピンキリで上は魔王を倒す英雄だが、下はゴロツキである。

 当然ながらに迂闊に遺跡発掘を許すと遺跡自体を破壊しかねない。


 そのためにも遺跡発掘のライセンスというのを発行しているのだ。

 

 遺跡は古代のロストテクノロジーで溢れているので宝の山でもある。


 当然ながら一攫千金を目指すアリトーがこぞって発掘したがるので、こうやって制限を加えているのだ。

 この遺跡発掘のライセンスは埋蔵品の販売権でもあり、ライセンス無しでの転売行為は処罰される。


 早い話が遺跡探索するために必要なライセンスで、これ無しでもは出来るが色々制約が多く、よほどのことが無い限り割に合わない。


 嬉しそうなエミナの目を半眼で睨みながら手紙を開くマスラ。

 そこにはこう書かれてあった。

 

「貴殿に十分な考古学知識があることを認め、3級遺跡発掘師として認める」


 そして、その紙に付随しているのは一枚のカードで『発掘師』のライセンスカードだ。

 20項目ほど空白がある欄の中でぽつんと『3級遺跡発掘』の文字が書いてある。

 トルパスとエミナが快哉を叫ぶ!


「やったじゃん! 」

「ようやくだね! 」


 二人でハイタッチを決める!

 そして、当の本人であるマスラはプルプルと震えている。


「……マスラ? 」


 不思議そうに尋ねるトルパスにマスラは急に顔を上げて叫んだ!


「いいいいいよっっっしゃゃゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!! 」


 そう言ってガッツポーズを決めるマスラ。


「宴会じゃァ! 今日は宴じゃぁぁぁぁぁ!!!! 者ども出あえ出あえ! これより酒場に突撃じゃぁ! 」

「「ひゃっはぁぁぁぁぁぁ!!!!! 」」


 トルパスとエミナもそれに乗った!


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