第5話 アリトーとヴェルミン
タルマキア山は自由都市オブニーコスの近隣にあるので車で一時間もあれば往復できる。
二人が帰ってきたころには夕方になっており、町の道路は家路の車で渋滞を起こしていた。
渋滞でゆっくりと動くトラックの中でのんびりと窓から顔を出して呟くトルパス。
『いい匂いだねぇ……』
近くの食堂からは美味しそうな肉や魚が焼ける匂いが漂ってくる。
二人がやってきたのは食堂街で美味しそうな匂いがそこかしこに漂うが、ご飯を食べに来たわけでは無い。
食堂街の中心には市場があり、その市場には様々なビルが乱立している。
鉄筋コンクリートの大きな建物で3階ぐらいの建物から10階ぐらいある高いビルもある。
マスラは歩きながら大きなビルを見上げる。
「どうやってこんなビル建てんだろ? 」
『僕もよくわからないけどそれが『科学』でしょ? 』
「技術系統が違うと色んな考え方になるから頭痛くなる。『魔法』の講義も受けたけど、一体何が言いたいのかさっぱりわからん」
『その辺は仕方ないよ。向こうだってマスラの『武術』の仕組みが解明できないんだから』
この世界には三つの技術がある。
魔法法則を利用した『魔法』
物理法則を利用した『科学』
生体法則を利用した『武術』
マスラが使っているのは『武術』で『気』と呼ばれる生体エネルギーを利用した仕組みである。
一切の呪文を必要としない代わりに、体の限界を超えることはできない。
一方で医術や料理などの『技量』が物を言う仕事では重宝される。
そうこう言っている内に目的地の『厄介食堂』に辿り着く。
厄介食堂とは怪物を食材として利用することで怪物駆除を促進させる目的の仲介業者である。
『アリトー』とはマスラ達のような言わば何でも屋で現実世界における業務委託を受ける個人である。
各「アリトー」は得意分野もそれぞれ違ってくるので、そう言ったアリトーに仕事を分配する『仲介業者』でもある。
アリトーが蟻を意味することから、アリクイを意味する『ヴェルミン』と呼ばれている。
その厄介食堂のビルの一階は市場になっており、様々な食材が並んでいる。
「安いよ安いよ! カーブルが300マニだよ! 」
「珍しいダルカッドが1万から! 」
「そこのおにーさん! 新鮮なパピア見てってよ! 」
客引きの威勢の良い声が活気を煽っている。
如何に混沌由来の怪物と言えど、ベースは普通の動物なのでそれなりに美味しいものも多いので繁盛している。
市場には食材を求める客で賑わっているが、マスラ達の目的はそこじゃない。
市場の裏手にある食材の屠殺場へと向かって車を止める。
屠殺場では牛などの動物が解体されて、上から吊るされており、食肉業者に解体されている。
その中で一人だけ机に向かって書類を書いているおじさんが居た。
頭頂部にちいさな一本角の生えた6本腕の禿げ頭のおじいさんが居たのでその人に声を掛けるマスラ。
「オットー爺さーん! 依頼されてたバサシユニコーンを取ってきたよ」
「おー! マスラか! いつもすまんな! 」
そう言ってオットー爺さんは六本腕をわきわきさせながら持ってきた食材の品定めを始める。
「ちょっとこいつを吊ってくれ」
「「「うぃーす」」」
何名かの男たちがバサシユニコーンにクレーンの爪を刺して吊り上げる。
その様子を見てオットー爺さんが唸る。
「血抜きをきちんと終わらせとるな。相変わらず手際の良い奴だ」
「その分高く買ってくれよ……」
「わかっとるわ」
無愛想に答えるオットー爺さん。
すると、近くにいたお姉さんの一人がお茶を出してくれる。
「どうぞ」
「ありがとう」
「あなたもどうぞ」
「すんません」
そう言って二人はお姉さんが出してくれたお茶を飲む。
オットー爺さんの方はと言えば、蜘蛛の糸を剥がしてユニコーンの体を色々と見て唸る。
「中々いいユニコーンだ。うーん……2百万でどうだ? 」
「良いぜ」
二つ返事で答えるマスラ。
この世界のお金は非常に強引な換算ではあるが一円=一マニである。
大体だが和牛一頭分くらいのお値段である。
オットーはついでに尋ねる。
「角はどうすんだ? +百万で良ければこっちで買うが? 」
「そうだね。そっちで処分してくれ」
「ありがとよ」
「その代り、次来たときも多めに頼むな」
「商売上手だな」
苦笑するオットー。
机に戻って小切手を書いてマスラに渡す。
「ほらよ。また頼むぞ」
「OK」
そう言って笑うマスラ。
するとオットーは真剣な顔でマスラに話す。
「なあ、いっそのこともうこの『厄介食堂』で正社員にならねーか? 」
「あー……」
困り顔になるマスラ。
だが、オットーは話を続ける。
「いつまでもアリトーなんて仕事を続けられるはずがねーだろ? ここらで社員として働いたらどうだ? お前は頭も切れるし、武術も出来る。俺のようにな」
そう言ってオットーは手近にあった包丁を六本手に取って……
シュパン!
オットーが包丁を振るうとユニコーンの四肢が綺麗に取れた。
シュパパパパパパ
オットーが包丁を振るう度にユニコーンは細かく解体され、あっという間に部位ごとに解体した!
オットー爺さんは『修羅』と呼ばれる六本腕に角が生えた種族で武術を最もうまく扱える種族である。
『武術』は元々修羅の技術だったものを人間でも使えるように工夫した技術である。
同様に『科学』は『機人』、『魔法』は『魔人』が使っていた技術を人間用に改良したものである。
修羅の種族は本家本元なだけに人間ではとても及ばないほどの技を持っている。
オットー爺さんは言った。
「いつまでもアリトーなんて仕事が続かねぇのはお前が一番知ってるだろう? 」
「まあね……」
苦い顔のマスラ。
『アリトー』とは日雇いの何でも屋の事である。
個人個人の技量に応じて様々な仕事に従事している。
ちゃんとした企業に比べると収入もピンキリで、インテリも居ればゴロツキも居り、自由な世界でもある。
当然ながら、普通の人からは馬鹿にされやすく、名誉も少ない仕事であるが、中には『勇者』となって魔王を倒すほどの『英雄』も居るし、一攫千金で大金持ちになった奴も居る。
だが、マスラは毅然と答えた。
「爺さんの言い分も分かるけど、俺にも夢が有るんだ。行ける所まで頑張って見てぇんだ」
「そうか……まあ、無理強いは良くねーな」
そう言って諦めるオットー。
「そろそろ行こう? 」
トルパスが困った顔でマスラに語り掛けるとマスラは笑って言った。
「そうだな。爺さんありがと! 」
そう言って二人は『厄介食堂』を後にした。
その様子を見てオットーは唸った。
「まだ父親を追っているのか……」
悲しそうに溜息をついてから、次の仕事へと向かった。
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