第2話 何でも屋のお仕事
タルマキア山とは何なのかと聞かれれば、大半の人は困り果てるだろう。
その山はその土地の人にとっては日常なので、それが何なのかと言われれば困り果てるに違いない。
よそから来た人にとっては違う山だが、その土地のひとにとっては当たり前なのだ。
何の変哲もない動物が我が物顔で歩き回り……
何の変哲もない植物が生い茂り……
何の変哲もない『怪物』にたまに遭遇する山である。
少なくとも自由都市『オブニーコス』に住むマスラ=シシオウにとってはそんな山だった。
パチン
自分の首元を叩くマスラ=シシオウ。
黒く鋭角に尖った髪型をしており、友達からは「針山か?」と言われるほどのツンツン頭で、中肉中背の体つきだが、体に無駄な脂肪はついていない。
細く引き締まった体にはジーパンにTシャツを着けたラフな格好をしており、さらにその上から『甚平』と呼ばれる東方の服を着ている。
マスラが叩いた手のひらを見てみると真っ赤な血が広がっており、その真ん中には黒い藪蚊が死んでいた。
「もうこんなに吸いやがった」
愛嬌のある顔をしかめながらぼやくマスラ。
心なしか黒いツンツン髪が萎れている。
彼が藪蚊に刺された理由は簡単で、彼が藪の中に隠れているからである。
藪蚊にしてみれば、彼の方こそ自分たちの家に来たご馳走でしかない。
とはいえ、彼も藪の中で隠れると言う特殊な趣味を持っているわけでは無く、目的があって藪に隠れているのである。
隣にいる魔獣族の少年に話しかけるマスラ。
「藪蚊をどうにかできないかトルパス? 」
「……毎回言ってるけど、僕は蚊を食べる趣味を持ってないからね? 」
蜘蛛のような顔を嫌そうに曇らせて答えるトルパス。
彼は魔獣族と呼ばれる種族で、赤ん坊のころは
大体は幼児期に動物か植物のどちらかに決まり、その後はそれに合わせた系統に成長する。
彼は虫の方向に進化したので、よくこういったことを言われるのだ。
まあ、一言で言うと蜘蛛人間のような体つきをしているトルパスだが、彼は着流しを着ており、山だというのにやたらラフな姿である。
そんな蜘蛛に進化した魔獣族の少年に、マスラはひるまない。
「だって、この藪蚊は多すぎだって。糸で蚊帳作ってくれよ」
「そんなことやっても絡まって動けなくなるだけだって! 辛抱しろよ! 」
ぶつくさぼやく親友を辛抱強く説得するトルパス。
こう見えても彼は辛抱強くて温和な性格をしている。
しばらくは言い合いをしていたが、トルパスが急に真面目な顔になる。
「来たよ。『糸』に反応があった」
「マジか? 」
慌てて息をひそめて辺りを見渡すマスラ。
トルパスは糸で結界を貼って、周囲の反応を知ることが出来る。
糸に触れた振動で周囲の様子を探ることが出来るのだ。
ほどなくしてマスラは少しだけ嬉しそうにほくそ笑む。
「ようやく来たか……」
彼の目には一匹の白い馬が居た。
角を付けた白い馬『バサシユニコーン』である。
肉は美味で角は薬になる良いとこ取りの馬だが、気性が荒く飼育にむかないので、こうやって捕まえるしかないのだ。
慎重に息を顰める二人。
白い馬が草原の真ん中で草を食み始めた。
「……どうだ? 」
「……まだだよ……」
トルパスが手元の糸に全神経を集中させる。
あらかじめ張っておいた糸の罠に触れたかどうか確認しているのだ。
ピクン
「かかったよ」
「よし」
そう言って二人で糸を手繰り寄せながら白い馬に近づき始める。
蜘蛛の糸は同じ太さの生糸よりも何倍も強い。
そんな蜘蛛の糸を手繰り寄せながら近づく二人だが……
スッ
馬が二人に気付いた!
ドカッドカッ
慌てて走り始めるユニコーン!
だが、二人は慌てて糸を引っ張る!
すると、馬が何かに引っかかったかのように転んだ!
「ぃよし! 」
二人が引っ張った糸が絡んでいたのか、うまく立ち上がれないユニコーン。
「そのまま押えといてくれよトルパス! 」
「うん! 」
引っ張るのはトルパスに任せて白い馬に駆け寄るマスラ。
すると、その瞬間に馬が立ち上がった!
「逃がすかよ! 」
慌てて糸を引っ張るマスラ!
足元に大きな石があったのでそこに両足を掛けて踏ん張る!
ピィン!
ユニコーンとマスラ達との間に糸がピンっと張られる!
「ふぬぬぬぬ」
「くぬぬぬぬ」
「ヒヒーン! ヒヒーン! 」
必死で引っ張る二人といななきながらも必死で逃げようとするユニコーン。
その時だった!
ズルッ
「あっ! 」
トルパスの足元が滑ってしまった!
トルパスの体が一瞬だけふわりと宙に浮く。
「何やって……」
マスラが罵倒しようしたその時だった!
ポコン
踏ん張る際に使っていた石がふわりと取れる。
「……んだ? 」
二人ともふわりと宙に浮いてから……
「「だぁぁぁぁぁっ!!! 」」
二人はユニコーンに引きずられて山の斜面を降りる羽目になった。
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