6

 風が吹いて、強い雨が降る日だった。その日、ユウとグレイのふたりは雨風に追い立てられるようにして、町外れにある安宿に泊まった。

 いつもは旅のメンバーで宿をとっているが、今日、ふたりは旅の一行からはぐれてしまったのだ。

 濡れたマントや靴を暖炉の火に当てて乾かし、自らも暖を取りながら、ユウは独り言をつぶやく。

「エルマ、大丈夫かな……」

 ユウは一番仲の良いエルマが気になるようで、暖炉を見つめながらぼんやりと独り言を口にした。

「他人の心配より、自分のことを心配しろって」

 ユウはその言葉に振り向く。そこにはグレイがいた。

「なんだよ、いいだろ少しくらい」

「余裕あるな」

 宿は値段相応に粗末な作りをしている。室内の明かりは、暖炉の火と今にも消えそうなランタンしかない。暖炉の火はユウとグレイの足下だけを煌々と照らし、暖炉の前で縮こまるユウの小さな影と、グレイの長身によってできた細長い影ができていた。

「誰かさんが飛び出さなきゃよかったんだけどな」

「うるさいな、わかってるよ」

 ユウはグレイに己の失態を責められてふてくされる。

 ユウは旅の途中で立ち寄った巨大都市に入ると、武器商人の一団を見つけるなり、駆け出してしまったのだ。たまたまユウに追いついたグレイがこうしてユウと一緒に、街中で日を跨いで迷子になっていた。

 ふたりの間に気まずい沈黙が落ちる。ユウとグレイの年齢は、十ほど離れている。兄弟や友人と呼ぶには離れすぎているし、父親と呼ぶには近すぎた。彼らは剣術においては師弟関係にあったが、剣術を介さずに話をすると、どうにもぎこちなさがぬぐえなかった。

「飯食った?」

 グレイはユウの後ろから、その小さな後頭部に向かって声をかけた。ややあってから、言いにくそうにユウが声を漏らす。

「いらない」

 ユウはグレイの気遣いを突き返す。巨大都市で迷子になるなんて格好がつかなかったからだ。優しい旅のメンバーのことだから、今ごろ一生懸命自分のことを探してくれているはずだ。そう思うといたたまれなさと申し訳なさに、自らのことを情けなく思う。

「すねんなよ、めんどくせーな」

 グレイはそう言ってしゃがみ、ユウの目線に合わせると、持っていた器を差し出した。それはシチューの器で、パンとスプーンが乱暴につっこまれていた。

「厨房から残りもん貰ったからさ、食っていーよ」

「いいの?」

「食わねーなら俺が食うけど」

「食べる、食べる!」

 ユウはグレイから慌てて器を受け取ると、がつがつとシチューを食べた。それは咀嚼して味わうと言うよりも、ほとんど噛まずに飲み込んでいた。すぐにむせて、その背中をグレイが叩いた。

 ユウの背中は、シチューを食べるのに夢中で小さく丸まっている。行儀が悪い、と言おうと思ったが、あまりに必死な様子で食らうので、グレイはその様子を見守ることにした。暖炉の明かりがユウの顔をぼんやりと照らす。その横顔は幼く、グレイよりもずっと子どものものだ。スプーンを握る手も、剣ダコができているがまだやわらかい。

 ユウは旅の道中、既に人をあやめている。そのどれもが仕方がなかったものだ。しかし、グレイはできるだけこの手を守りたいと思う。

 グレイの手は、ユウよりもずっと汚れている。先の戦争で、意味のない殺戮をしてきたからだ。ユウの手を守れるならば、とグレイは考える。自分の手を汚す方が、きっといいだろう。――グレイは自分の思いの源泉が気になる。どうして、俺はこんなことを考えてしまうんだろう? 向こう見ずで、仲間に迷惑ばっかりかけて、たいして強くもない、この子どもに。

「たとえばさ」

 ユウがシチューを最後のひとすくいまで残さず食べたところを見計らって、グレイがそんな風に切り出した。

「なに?」

 まだ食べ足りないのか、スプーンを口にくわえたまま、ユウがグレイを振り向いた。その頬には白いシチューと、シチューに入っていた芽キャベツのかけらがくっついていた。グレイはそれを呆れたように笑って、指で取った。

「もし俺が、お前とこんな風に二人きりになりたくてお前が迷子になるように仕向けたって言ったら、お前はどうする?」

 グレイは、心なしか早口でそうまくし立てた。ユウはグレイの言葉に首をかしげた。グレイはユウの頬にもう一度指を伸ばした。もうその頬にはシチューはくっついていない。ただ、丸くて白いユウのなめらかな肌があるだけだ。

 長く、固い指がユウの頬に触れたとき、ユウは底知れない怖気を覚えた。暖炉で暖まっているはずなのに、水でも注がれたみたいに背筋が冷たくなったのだ。

「なに」

 ユウはさっきと同じ言葉をもう一度繰り返した。なに、とそれだけ。それ以上は口にすることができなかった。しようとしても、できなかった。今やユウが目にしているグレイの目は昏く濁っているように見えた。グレイはその口を開いて、低い声をぽつぽつとユウに向けて語りかける。まるで彼の意志ではないみたいに。

「俺がお前と街を迷うふりをして、わざと街をめちゃくちゃに歩いていたら、どうする?」

 グレイは怯えるユウが面白くて、顔を近づけた。

「グレイ?」

 ユウの声は固く、小さなものになっている。

「グレイ、どうしたんだよ」

「もし俺が――」

 グレイはユウの細い手首をつかんだ。その力は強く、ユウが手を引っぱって外そうとしても、びくともしなかった。

「なに」

 グレイの顔はたき火の明かりで照らされているが、なぜか暗く、ユウが見上げる位置からグレイの表情は見ることが出来ない。 

 グレイはユウの細い肩に自分の手を乗せた。ユウの体は鍛えていても、発育が追いついていない。そのため筋肉よりも骨が多く、グレイがユウの肩に手を滑らせるとごつごつとしたものしか感じない。ユウはグレイの手つきに肌が粟立った。

「やめろよ」

 ユウは思わず、グレイに懇願するような声を出してしまった。まるでグレイの手つきが女にするように優しく、気味が悪かったからだ。

 グレイは何も言わない。ユウの細い肩を撫でたあとで、背中に広がった長い髪の束を手に取った。ユウの髪は暗闇の中でも分かるほどに鮮やかな赤色をしている。グレイは髪の束を指先で遊んだあとに、口づけた。

「グレイ、どうしたんだよ」

 いまやユウの声は明らかに震えていた。寒さのせいではなく、恐れからだ。皮肉屋でクールで、でも頼れるグレイの姿はそこにいない。ただの男になったグレイがいたからだ。ユウはグレイの右手を見た。それは今、冷たい床の上について広げられている。その薬指にはグレイの亡くなってしまった愛妻に、永遠を誓った指輪がはめられているはずだった。

 それが、今はない。

 もしかしたら部屋の暗がりのせいで見えないのかもしれない、とユウはもう一度見たけど、そこに銀色の輝きはもうなかった。

「どこ見てるの」

 グレイの声が上からして、ユウはグレイに顎を強く掴まれたかと思うと、無理矢理グレイの方を向かせられた。

「指輪、してないよ。それがどうかした?」

 グレイ、と短く、早くユウがグレイの名前を呼んだ。グレイ、どうしたんだよ。どうしてこんなことするんだよ。助けを求めようにも、この部屋にはユウとグレイしかいない。他の仲間も、今は巨大都市にある、別の宿屋に泊まっているんだろう。

 ユウが何かを言う前に、グレイは自分の口でその口をふさいだ。ユウはグレイの胸元に手をやり、その服を強く引っ張って抵抗したが、グレイは言うことを聞かなかった。

 長い接吻のあとで、グレイがユウから顔を離す。グレイの唇は唾液で濡れ、きらきらと光っていた。ユウは手の甲で口元を拭うと、何するんだよ、と騒ごうとしたが、それはできなかった。グレイがユウの顔を掴んだからだ。グレイはユウのまろい頬にわずかに爪を立て、声を出さないように低い声で脅した。

「もし、俺がお前をどうにかしたかった、って言ったら、お前はどうしてた?」

 グレイの問いかけに、ユウは言葉を挟むことさえできない。グレイの言葉ひとつひとつに捕まえられているようだった。

 怖い、とユウは思う。今やはっきりとユウの体は震え出し、指先ひとつまともに動かせなくなっていた。

 ユウはグレイを突き飛ばして逃げようとした。自分を囲った腕をすり抜けて、一目散に扉へ駆け出したのだ。その行動にグレイは反応が一拍遅れたが、すぐに長い足を伸ばしてユウの足をひっかけて転ばせた。ユウは派手な音を立てて床に転んだ。安宿の床板はところどころささくれ立っていて、その小さな棘にユウは自分の長い髪を数本ひっかけてしまい、ぶちぶちと何本か抜けていく音を聞いた。

 ユウが転ばされて、その上にグレイが悠然と乗った。ユウはせめてうつ伏せになろうとしたが、骨が外れると思うくらい強い力で肩をつかまれ、無理矢理ひっくり返される。

 燃える暖炉の明かりのしたで、今、ユウはグレイにすべてを暴かれようとしていた。

 床に寝転がったまま見上げたグレイは、ユウが思っていたよりもずっと大きい。どんな抵抗をしても無駄なように思える。グレイ、とユウが言う。どうしてこんなことするんだよ。

「聞きたい?」

 グレイが言う。いつもの皮肉を言うみたいに、意地悪をにじませた声で。グレイはユウが首から提げているペンダントを引っ張った。青い石がついているそれは、昔、ユウがエルマからもらったものだった。

「オレがお前をどんな風にしたかったか、教えてやろうか?」

 そう言い終わる前に、グレイはユウのペンダントの紐を両側に引っ張って首を絞めた。しかし紐は細すぎてユウの呼吸を止めるには不十分だったから、すぐに紐から手を外して今度は自分の手をつかって首をしめた。グレイの手の平は大きく、ユウの細い首をしめるには十分だった。むしろ、持て余すくらい。

 ユウはとぎれとぎれの呼吸の合間に訴える。グレイの二の腕を掴み、なんとかして彼の腕を引き離さないといけない。しかしその力はまったく及ばなかった。あれほど一生懸命に鍛錬したのに、とユウは思う。こんなに力が届かないなんて。

 歪められたユウの顔を見て、グレイは暗い気持ちが埋められていくのを感じた。

 グレイはユウに、自分を見て笑って欲しい。それがだめなら自分のことで泣いて欲しい。それができないなら絶望して欲しい。エルマや死んだ父親のことなんて考えないで、自分のことを考えて欲しかった。

「やだ、やめろ、グレイ!」

 グレイはユウの足と腰をもちあげ、ズボンに指をかけひきずりおろした。雨で濡れたから、と宿屋で借りたそれはユウのウエストに対してサイズが随分大きく、簡単に脱がせることが出来た。外気に尻と局部がさらされて、ユウは腰を引こうとしたが、大きなグレイの手に阻まれてそれができなかった。床についたユウの頭の数センチ先では、暖炉がこうこうと燃えている。そのせいでユウの体全身は冷たいのに、顔だけがほてっていた。

 グレイがユウのペニスを手に取った。握りつぶされる、とユウは思ったが、その手つきは思ったよりもずっと穏やかなもので、ユウはそのことにも怯える。グレイはユウをこの場で辱める気なのだ。

 グレイがユウのペニスを勃起させようと扱いてみても、それは縮こまったままで、グレイは舌打ちをした。らちが明かないので、グレイは自分の大きな両の太ももでユウの体を押さえつけたまま、自分もズボンを脱ぎ、下半身を露出させた。反動をつけて飛び出してきたグレイのペニスは、ユウのものよりもずっと大きい。暗がりのなかでもぼんやりとわかるくらいだ。

 グレイ、とすがるようにユウが呼ぶ。それから、何もかも諦めたように自分の両腕で顔を覆った。

 そんなユウへ、追い打ちをかけるようにグレイが言う。ユウ、泣くなよ。それはまるで優しい兄が最愛の弟を気遣うような声音だ。やっていることは、人でなしそのものなのに。

 グレイは自分の唾液で湿らせた指二本をユウの尻穴につっこみ、無理矢理広げた。ユウは痛みと異物感で呼吸を浅くし、体を固くこわばらせていた。力抜けよ、とグレイが声を掛けてもユウは首を振るばかりで言うことを聞かない。グレイは焦燥に駆られて、ろくに広がっていないユウの尻穴に自らのペニスの先で口づけると、思い切り腰を進めた。

 ユウが苦痛に満ちた悲鳴をあげる。性交の甘さがにじまない、拷問でもあっているかのようなうめき声だった。ユウは自分の顔を覆った腕を放し、自分の二の腕を噛んで殺そうとしていた。その表情をグレイに見られまいとして顔を背け、その大きな眦に涙の跡が光っている。

 自分のペニスを体内にねじこまれ、苦しそうに喘ぐユウの顔を見て、グレイは自分の気持ちが満たされていくのを感じた。グレイはユウにひどいことをしておきながら、やさしい指先で汗が浮かんだユウの額をなでつける。

 ユウの体内はきつく、グレイはその中をペニスで切り開いても気持ちいいとは思えなかった。それでも腰を進めた。ユウが泣きじゃくるたびに穴がきつく窄まって、グレイはそれが気持ちいいと思った。

「グレイ」

 女みたいにしゃくりあげる合間に、ユウがなんとか息継ぎをしてグレイの名前を呼んだ。なんだよ、とグレイが応えると、ユウが顔から腕を外してグレイに聞いた。

 なんでオレなんだよ。

「街に出れば、こういうことしてるねーちゃんいっぱいいるだろ」

 ユウはグレイに、自分ではなく、娼婦を抱けと言う。

 グレイはユウの問いに答えない。体の動きを止めて、ユウの糾弾を受けている。

「オレを女の代わりに、すんな」

 ユウの話をひととおり聞き終えたあとで、グレイは再び腰を進めた。

 暖炉のはぜる音に混ざって、お互いの体液が混ざり合う音が響く。それはどちらも噛み合うことなく、異質な物として室内に響いた。

「お前だからだよ」

 その合間を縫って、グレイが言った。

「お前だから、お前をこんな風に犯すんだ」

 なにもかも諦めて動かなくなったユウに覆い被さり、グレイはもう一度口づけをしようとしたが、ユウに顔を背けられて拒まれた。そのため、グレイは仕方なくユウの晒された首元にかさついた唇をつけた。そしてユウの太ももを掴むと、無理矢理押し広げ、つぶれたカエルのような格好にすると、内側から再び揺すり上げる。

 ユウは、体内をグレイのペニスでこすり上げられても、もう何も言わなかった。時折短く喘いで、白いのどをのけぞらせた。もう抵抗しないというのに、投げ出された両手は両方とも強くグレイに押さえつけられている。

 外の雨はもう止んでいるようで、静かになっていた。暖炉の薪がはぜる音も随分弱まっている。部屋の中には、衣擦れとグレイの吐く息と、粘膜のふれあう音、それからユウのしゃくりあげる声がときどき響くだけになっていた。

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