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 澄んだ鐘の音が教会中に響き渡る。教会の中は健康的な日曜日の光が満ちていて、ひらくはその光が眩しく、そっとまぶたを閉じた。そして両ひざを膝置きに載せ、指を組んだ両手を前の長椅子の背もたれに乗せた。祭壇の前では、強い外国語なまりを残した神父が立って両腕を大きく広げ、祈りの言葉を唱えている。

 シュ、イエースハ、ススンデジュナンニムカウーマエニ、パンヲトリ、カーンシャヲササゲ、ワーッテデシニアタエテオオセニナリマシタ。

(主イエズスは、すすんで受難に向かう前に、パンを取り、感謝をささげ、割って弟子に与えて仰せになりました)

 ミーンナ、コレヲトーッテタベナサイ。コレハアナタガタノータメニワタサレル、ワターシノカラダーデ、アル。

(皆、これを取って食べなさい。これはあなたがたのために渡される、私のからだである)

 静かな聖堂に、高らかなハンドベルの音が響いた。カラカラカラカラ……。ひらくはそれを聞いて頭を下げた。ミサに集まった、ひらく以外の人も同じように頭を下げる。

 ひらくはいつも、ベッドに入り眠る前に、架空のミサに参加する。じっさいは枕に頭を置いて目を閉じているだけだ。しかし、その頭の中では故郷にあるカトリック教会を思い描いている。

 ひらくの地元にあるカトリック教会は、マウロというイタリア人の神父がいた。彼は大きな手の平をもち、それに見合った高い身長をもっていた。くわえて、もう随分と高齢であり、そのことが余計に彼に風格と威厳を与えた。神父の白い祭服は彼をより大きく厳かに見せ、ひらくはそんなマウロ神父のことを尊敬していた。

 マウロ神父は日本に住んでもう何年も経つが、いまだに日本語は流暢に喋ることが出来ない。そのため、彼が口にする祈りの言葉はどこか不自由で拙く聞こえるが、ひらくはそれさえも好ましく思っていた。

 ひらくの脳内で行われる架空のミサは、やがて感謝の典礼を迎える。キリストの死と復活を記念し、神父が信者にパンを配る。そして信者たちはパンを口に含み、神に祈りと感謝を捧げる。アーメン。ひらくも架空のミサでマウロ神父から渡された架空のパンを口に含み、祈りを口にした。

(アーメン、そうめん、冷やソーメン)

 こんなに熱心に祈っていても、ひらくは自分のことを敬虔なクリスチャンだとは思っていない。世界の終わりにラッパが響き渡り、世界中の人々が麦と毒麦とに選別され、毒麦が火にくべられるとは思っていない。世界が崩壊するとき、それはもっとリアリスティックに行われると考えている。

 それでもひらくは気の毒な運命に生まれたキリストが好きだった。彼が磔刑に処される様子がとくに好きで、聖書の中でもそのくだりを何度も読んだ。

 キリストがむち打たれ、いばらの冠を被せて侮辱されるところ。キリストが重い十字架を背負い、ゴルゴダの丘を登るところ、結局登れなくて別の人に十字架を背負ってもらうところ、キリストの両手の平と足に釘が打たれ、磔にされるところ――

 ひらくは一人暮らしを始めても尚、頭の中の教会で行う祈りを欠かすことがなかった。

 神様、どうか罪深い僕をお許しください。

 同性愛にふけり、快楽をもとめる僕をお許しください。

 マウロ神父はひらくの祈りを聞き届けたかのように、加齢のせいで少しだけ濁ったブルーの瞳を向ける。その目は侮蔑やあざけりを含まず、真っ暗なひらくの部屋の中で、明け方に見えた星のようにしずかに灯っていた。

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