第4話 光がまた差し込んだとき

「陽平……俺を売ったな」

 昼休み、机を向かい合わせにして僕と恵一はお互い菓子パンを食べている。茜と絵見の二人は席が近い女子のクラスメイトと一緒に食べている。

「まあまあ。……実際、恵一ならあのまま誰も立候補しなかったら自分が出たでしょ?」

「……否定はできないけどさ」

「だよね。恵一ならそうだと思った」

「……なんか釈然としないんだけど」

 仏頂面しながら持っていたメロンパンを一気に食べきる。

「おっ、クラス委員と友達を売った男だ」

 それと同時に、一人の男子生徒が僕と恵一に話しかけてきた。

「えーっと……」

 咄嗟に名前が出て来ず、そんな反応になってしまう。

「ああ、俺は中嶋和希なかじまかずき。相上と同じ中学校なんだ」

 なるほど、あの相上君と……。

「なんか、その顔は俺を相上とバーターで認識しましたって顔だな……」

「ごっ、ごめん。別にそういうわけじゃ」

「ああいいよいいよ。覚え方なんてなんでもいいよ。よろしくな、高崎と戸塚」

「うん、よろしく」

「よろしく中嶋」

 中嶋君はすると向かい合っている僕と恵一を挟んでいる机に手を置いて顔を少し僕らに近づけて話を続ける。

「ところで……二人って水江と石布と仲良いんだよな?」

「うん、そうだけど」

「なあ、あの二人って彼氏いるとかそういう話ってあるのか?」

「えっと……」

 その質問に、一瞬僕は答えに詰まってしまった。それを見たのか、

「あー、あの二人は特にそういう話は聞いたことないかなー」

「まじ? そっか。ありがとな。いや、結構彼氏持ちの女子が何人かいるって噂があるから、そこら辺はきっちり確認しておきたくて」

「ふーん。このクラスだと誰が彼氏持ちなの?」

 ……恵一は、僕がこういう話題苦手なのを知っているから話を中嶋君と合わせてくれている。僕に話がいかないように。

 内心、感謝していた。

「えーっと俺が聞いた限りだと──」

 きっと、これが普通の男子高校生の会話なのかもしれない。でも。

 僕は普通じゃないから。

 「普通じゃない」僕をフォローしてくれる、恵一のその優しさに、僕は甘えていた。


 五時間目は、宿泊研修の班決めとなった。

「じゃあ、五人一班、男女混合になるように自由に班を決めてくださーい」

 羽追先生のその号令で教室内はざわめきを含めた空気になる。この二日間である程度の人間関係は形成されたようで、比較的スムーズに五人のかたまりが出来上がっていった。

 僕らも僕らとて、当初予定していた四人で集まる。

「さ、あと一人どうしよっか」

 茜が言うように、五人班だから、あと一人必要。教室を見渡す限り、もう大体班が決まっていて──

 すると、一人の女子生徒のもとに、僕の友達が向かっていった。

 それは、まさしく絶妙なタイミングだったと思う。彼女と彼の目が合った、っていうのは間違いなくあったと思うけど。「一人だけ余ったからどこかの班回収しろよ」って雰囲気になる前に彼は動いたんだ。

 いつか、僕がやってもらったのと、同じことを彼はやった。

「及川……だっけ? まだ班決まってないなら、うちの班入らないか?」

 教室の隅に一人立ち尽くしていた彼女は、恵一のその言葉を聞き、ゆっくりと目線を彼のほうに向けた。

「……い、いいんですか?」

「ああ。大歓迎。女子が増えると華が増すからな」

 彼は屈託のない純粋な笑みを彼女にする。

「……な、なら……」

「うん、じゃあ決まりだな」

 恵一はそうして後ろに及川さんを連れて僕らのもとに帰ってきた。

「ほい、五人目」

「ほんとに五人目どうにかしてきた……」

 あんぐりと口を開けて、茜はそんな反応をする。

「……ほい、五人目の及川さん。これで俺等の班も決まりだな」

 そんななか、絵見は何事もなかったかのように、

「及川さん、よろしく。私は石布絵見」

 と挨拶。

「よ、よろしくお願いします……」

「あっ、水江茜、よろしくね及川さん」

「……は、はい」

「僕は高崎陽平、これからよろしく……っ」

 僕もみんなと合わせて挨拶をしようとしたら、また、この間と同じ頭痛が走った。

「班もみんな決まったみたいだし、班長その他諸々順次決めて行ってくださーい」

「だとよ。じゃあ、ぼちぼち俺等も決めていくか」

 ……なんで?

 机を五つ合わせて座る僕ら、隣にいる及川さんからやはりどこか記憶の欠片を呼び起こすような香りがする。

 それは、今は頭痛の種となっているのだけど。

「……陽平? 大丈夫か?」

 気づけば、僕は右手で額を押さえて俯いていた。それを長いことしていれば、当然心配もされるわけで。

「あっ、いや……」

「頭、痛いのか?」

 恵一はそんな僕の様子にすぐ気づき、声を掛けた。彼は視線を今しがた連れて来た女の子に向けたのち、席から立ち上がる。

「先生―、高崎ちょっと体調悪いみたいなんで保健室連れて行きますねー。……一瞬廊下出よう、陽平」

「えっ……あっ、う、うん……」

 先生の許可を取ってから、恵一は僕を連れ廊下に出る。他のクラスも宿泊研修の班決めをしているようで、それなりに廊下には教室からの話し声が漏れていた。

「……頭痛の原因って、もしかして及川だったりする?」

 き、気付かれている。

「……いや、いいよ言わなくて。なんとなくそんな気がしてる。……きっと、陽平の『あれ』と関係あるんじゃないか?」

「……多分。そうだと、思う……」

「……そっか。オッケーわかった。とりあえず保健室でしばらく休んでな。……ここの養護の先生は男性だから、安心しろ」

 そ、そこまで把握済みなんだ……。

「あ、ありがとう……」

 階段を下り、一階の保健室のドアを開ける。恵一はそこまで僕を連れて行くと、「じゃあまた放課後な」と言い教室の方へ戻っていった。

 僕は先生に事情を話し、午後の授業の間はベッドで寝かせてもらった。

 カーテン越しに当たる太陽の温もりが、保健室の真っ白な布団を心地よい空間に包み込ませる。そんな場所に横になった僕は襲い掛かって来た睡魔に勝てるはずもなく、あっという間に眠りに落ちた。

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