第11話

「お父さん!もうやめて!」

 金切声にも似た叫びをあげたのはヨコヤ夫人である。

 我が娘の叫びに思わず反応してしまったのだろう。もう半分ほど押しかけていたボタンから指先が、踏み倒された草が元に戻るような速度で離れる。

「しかし、私ができることはこれくらいしか……」

「でも、それって医者としてお父さんができることでしょう?これからは医者としてじゃなくて、おじいちゃんとしてあの子の傍にいてあげて」

 一歩、後ずさるオオツキ。

「しかし、いいのだろうか……いや、いいわけがない。この私が今更あの子の傍にいるなどと……」

「オオツキさん……あなたはもうそれなりの年齢です。あなたが今すべきは罪をさらに重ねることではなく、罪を償って孫娘さんの快方を信じて待つことなのではないでしょうか?」

 タカヤマはそう言ったが、それは叶わないこともあり得るという後ろめたさもあった。今回の事件の規模を考えると、いまだ整備が十分になされていない時間犯罪に対する現行法であっても重い刑罰が科せられることはまぬがれられないだろう。しかし、どのような主刑が科せられたとしても、もう孫娘に会えなくなるかもしれないのだとしても、オオツキはそれを受け入れなければならないのだ……。それほどのことをしたのだ。タカヤマは己に言い聞かせる。

「そうよ……だからお父さん、もういいの。お父さんは十分頑張ったんだよ……」

 オオツキを見つめるヨコヤ夫人の目には涙がたまっていた。

「……ああ、3時を盗もうとしたときは、誰に邪魔されても成し遂げようと覚悟していたが……娘の説得一つで折れてしまうとは……すまない。本当にすまない……」

 力が抜けたのか、ついに膝をつき、その場に倒れるかと思われたオオツキをヨコヤ夫人がサッと支える。

 一歩出遅れたタカヤマだったが、涙を流しながら寄り添うように並ぶ二人を前にすると、この事件もやっと終わりを迎えたのかと肩から重いバッグを降ろせたような気がした。

 あとは本部に連絡を入れて、この事件も幕引きである。タカヤマは車の無線で本部に連絡を取ろうと治療室を出ようと親子から振り返った。

「……」

 ドアの目の前に彫刻のように棒立ちしていたナカオ夫人と目が合う。怒っているような、困っているような、それとも何も考えられていないような、様々な感情が入り混じった表情だった。正直、タカヤマはいつの間にか彼女の存在を忘れていた。

「ナカオさん……」

「は、はい」

「とりあえず、あなたもご同行お願いします」

「……え。わ、私もですか?いやでも私はこの事件にはあまり関係が……」

「ナカオさん」

「でも」

「ナカオさん」

「……わかりました」

 これにて、一件落着である。涙でぐしゃぐしゃの顔の年配の親子と、棒立ちの浮気相手。そして結局何が起こっていたのか未だに掴めておらず、ヒソヒソしながらこちらをうかがう歯科助手の皆さん。

 ……これでも、一件落着である!

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