第12話

 振り返ると、事件の大きさの割になんとも尻すぼみな幕切れであった。報告書を綴っているタカヤマは事件の経緯をまとめ上げている際、改めてそう思ったのである。

 あの後、署に連れていかれたオオツキは時間警察の取り調べにも素直に応じているらしい。らしい、というのは、タカヤマは彼の取り調べを担当している課に所属していないので、あらゆる方法を使ってでの又聞きである。ではタカヤマは何をさせられているかというと、オオツキに時間ごと消されたとされるナカオとセオの捜索を続けているのである。自分がオオツキのその後も追っていくべきだと願い出たが、課長には「いや取り調べは別の課がやるし、ダメ」と一太刀で切り捨てられた。こういうところが警察と似て頭の固い組織なのだと辟易するのだ。よって、モチベーションが下がったタカヤマの仕事は思うように進むことはなかった。

「迷子の迷子のタカヤマさぁん、あなたの欲しがっていた土産話ですよぉ」

 今日もデスクでペンを回しながらぼんやりと報告書と格闘していると、クーラーの効いた屋内から出たときに絡みつく夏の夜の熱気のようにタカヤマに話しかけてくる人物が一人。彼女もタカヤマの後輩の一人である。

 彼女はオオツキの取り調べを担当している課の一人なので、タカヤマは無理を言って取り調べの結果を秘密裏に流してもらっているのだ。払った代償はパッケージが洒落た煙草が1カートンである。

「何か進展あったか?」

「いいえ。相変わらず順調に取り調べ中でぇす」

「それは進展しているんじゃねーのか」

「まあ、それはそうなんですけどぉ」

 後輩はわざとらしく人差し指を自らの下唇に当てて、困ったような顔を作った。

「どれだけ聞いても時間干渉装置――TMデバイスの出どころを話してくれないんですよねぇ」

「……オオツキさんが持ってたデバイスは回収できたんだろ。型番なり使用履歴なりで誰のデバイスだったかわかるだろ」

「追加料金」

「は?」

 差し伸べるように出された後輩の右手。その手は行き詰ったタカヤマを導く救いであり、タカヤマから定価500円の賄賂をかっさらっていく悪魔の手である。もちろん後輩に聞こえるようにタカヤマは大きくため息を一つ吐き捨て、引き出しから女性向け煙草をひと箱デスクの上に投げた。

「持ってけよドロボーが」

「じゃあタカヤマさんは悪代官ですねぇ。ではでは、ここから先の話は有料会員限定ということで……」

 後輩は顔をタカヤマの耳元に近づけた。

「オオツキさんから回収したデバイスですが、しばらく前に署の保管庫から盗難されたものと型番が一致したみたいです」

「……盗難されたなんて話は初耳なのだが」

「それもどうやら署内の誰かが盗んだようですし、それは広まってはイケナイお話でしょう?おそらく、どこぞの身内が盗んだデバイスが回りに回って今回の犯行に使われたのでしょう」

「もちろんオオツキさんは誰からもらった、なんて話は――」

「ぜぇっぜん。動機や犯行当時の動向はぺらっぺら話してくれるのに、変ですよねえ。そこだけボケちゃった、なんてわけないですし」

「……いい性格しているよ、お前」

「ええ。私を買収したタカヤマさんといい勝負でしょお?では、私はこれで」

 後輩はお茶目にウインクを一発残し、タカヤマがデスクに置いていた煙草をかっさらって去っていった。

 ……今回も煙草ひと箱の時給で払ったスパイによる成果はゼロである。これ以上オオツキが吐かなくても被疑者から被告人として裁判行きだろうが、どうにも胸の中にかかった僅かな霧が晴れない。

 しかし自分の仕事に手を付けないわけでもないので、デスクで今回の報告書をまとめ上げる作業に戻ることにした。

 卓上のタブレットに同期されたキーボードで逮捕当時のやり取りを淡々と入力していく。オオツキとの会話……乱入してくる夫人の方々……オオツキの自白……。

 タカヤマの手が停止ボタンを押されたように不自然に止まる。歯科医院で飛び交った数々の言葉、その言葉に乗せられた意図。一つひとつを振り返り続けていると、ついにタカヤマの胸に漂っていた霧が一瞬で弾け消える、そんなときが来た。

 初歩的なところに答えはあったのだ。もし近くに助手か開業医か「ワ」で始まり「ン」で終わる名前の人物がいたらすぐさまそう話しかけていただろう。この興奮を伝えていただろう。

 しかしその感情は静かにタカヤマを席から立たせ、ポケットに入れっぱなしだったタカヤマの時間移動装置、つまり先ほど話題に上がったTMデバイスを握りしめた。

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