第10話
「オオツキさん、もうちゃっちゃと喋ってください。もし仮にここをしのげたとしても、私はもうあなた以外を追う気はありません」
「お父さん……」
「何が起きているんです……?」
それぞれが思い思いの言葉を口にしながら、オオツキを注視し彼をその場に磔にする。もう彼は影を地面に縫い付けられたようにその場から一歩も動けないでいた。オオツキ自身もそのことは自覚しているのだろう。観念したように大きな息を一つ吐くと、そばにあった椅子を寄せて墜落するように座り込んだ。
観念したのだろう。だからこそであろうか、マスクを外したオオツキは、まるで縁側で子供に昔話を聞かせるような口調と表情で、ゆっくりと言葉を繋ぎ始めた。
「刑事さんがお調べした通り、私の孫娘は入院しておりまして……」
「ちょ、ちょっと待ってください。私はそのことを知っておりますが、それは偶然知ったことでして……そこまでは本部で共有されていない情報です」
「……そうなのですか。セオという刑事が孫娘のことについて私に聞きに来たので、てっきり調べ上げられているのかと。……ああ、彼には悪いことをしてしまった」
「もしかして、彼を……」
「あの時は……無我夢中で」
間違いない。この男がセオを失踪させたのだ。というかセオが単独でオオツキまでたどり着いていたことにも驚きだ。あいつも仕事ができるじゃないかと感心もする先輩のタカヤマである。
「孫娘の入院ですが……きっかけがですね、なんと虫歯なんですよ。歯科医の孫娘が、そんな理由で入院するなんておかしくはありませんか?」
「それは……なんともわかりやすい皮肉ですね」
「そうでしょう。身内だからって毎日様子を見ているというわけではないにしろ、入院を聞いた時は本当に落ち込みましたよ。いや、今も責任のようなものを感じています。あなたに責任はないと周りは言ってくれましたがね」
「……じゃああの子のため?あの子のためにお父さんはその……時間犯罪を?」
「……そうだ」
ようやく話に追いついたヨコヤ夫人の問いに、困ったように答えるオオツキ。またタカヤマも握る拳により力が入る。この男、オオツキはつい先ほどまで自分の歯を治療してくれた医者ではなく、この世界から3時を奪い去った時間犯罪者であると改めて認識する。
「刑事さん、あなたは3時と聞いて何を思い浮かべます……?」
「それは……なるほど。わかりましたよオオツキさん。なぜあなたがこんなことをしたのか……いや、あなただからこそしたのでしょう」
「さすがですね。最初に私を疑った時もそうでしたが、あなたは賢い方です」
正直、最初は勘でした。タカヤマは心の中で自白する。
オオツキはそのまま言葉を紡ぎ続ける。
「では答え合わせといきましょうか。刑事さん、あなたが気付いた通り、3時には私にとって天敵となる存在があるのですよ」
「3時のおやつの時間……ですね」
タカヤマのその一言にその場が震えるようにざわめき立つ。
「そうね……確かに、3時がなくなれば、どのタイミングでお菓子を食べていいかわからなくなってしまうわ」
ようやく話に追いついた、と言わんばかりの声を上げるナカオ夫人。
「もし、もしそうならば……あの子が虫歯になることも、入院することも……でも」
「私の子なら理解してくれ。私にはこれくらいしかできないのだ。これしかできないが、この手段こそが孫娘の助けに繋がると思っていた……!」
「しかし、結果としてそうはならなかった……ですよね、オオツキさん」
ナカオ夫人、ヨコヤ夫人、オオツキが言い合いをピタッと止めてタカヤマを見る。できるだけ3人の誰とも目を合わせないように、タカヤマは言葉を続ける。
「もしオオツキさんの計画通り、世界から3時を盗むことによって虫歯の原因となる時間帯をなくせば、孫娘さんの歴史も改変されて入院することもなくなる。……でも、孫娘さんはいまだに入院していますね」
「……ええ」
ゆっくりとうなだれるオオツキ。
「そうです。結局、3時を盗んでも孫娘の現実は変わらなかった」
「オオツキさん、もう終わりにしましょう。あなたができることはたくさんありますが、時間を盗むのはできたとしてもやっていいことではありません」
「……いえ、いいえ刑事さん。そうではありますが、だからといってここで諦めるわけにはいかないのですよ」
「オオツキさん……!」
それはそれとして私は刑事ではありませんけどもういいや、と言葉を飲み込むタカヤマ。
「止めないでください、刑事さん。あの刑事さんのように、あなたの時間も奪いたくはないのです」
オオツキは立ち上がると同時にズボンのポケットから自転車のハンドルの片側のような小さな物体を取り出した。
それを見たタカヤマは蛇に出会ったカエルのように目をむく。オオツキが自分たちへ突き出しているものをよく知っていた。
「オオツキさん……それは時間干渉装置ですね。それを使って3時を盗んだり、他の時捜の時間を消し飛ばしましたか」
「そのとおりです……ここで止まってしまっては、それこそあなたの同僚に手をかけた意味がなくなってしまう!……もう私を追ってこないでください!」
「待ってください、オオツキさん!」
「来ないでください!!」
一体それをどこで手に入れたのか、などと聞いている暇もなかった。その装置の使い方を知っているだろうオオツキはまさに起動ボタンを押して時間遡行なり時空移動を行おうとしていた。
タカヤマは手を伸ばす。もちろん、間に合わないだろうと頭では結論が出ていながら。
オオツキが勝利への確信と焦りが入り混じった表情を浮かべる。
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