第9話

「オオツキさん!どうして最近連絡くれないの!?」

 

 興奮気味に入ってきた人物はまたもや女性である。今度は40代くらいのメガネをかけた小奇麗な人だ。突然の来客であることもそうだが、タカヤマにはその女性についてさらに驚くことがあったのだ。

「ナカオさんの奥さん!?」

 そう、何を隠そう今この場に現れた彼女はナカオの妻だったのだ。いや離婚調停が進んでいれば正しくは「元」妻なのだろうが、タカヤマにとっては気にすることではなかった。なぜここに彼女が現れたのかという疑問が大量発生したクラゲのようにタカヤマの頭の中を漂っていたのだ。

「あら、あの人の部下の、ええと……ナカヤマさん?」

「タカヤマです」

「あらごめんなさい。……どうしてタカヤマさんがここに?」

「……歯の治療ですね。元々は」

「え?ええ、まあ、ここは歯医者様ですものね……」

 何だこの人は。歯を治療しに歯医者に来たと言ってなぜ不思議そうな顔をするのだ。

「それで……えー、ナカオさんはなぜここに?」

「あ……それがですね、何というか」

 タカヤマがようやく絞り出した質問に対して、ナカオ夫人もやけに歯切れの悪い返答である。最初の珍客だったはずのヨコヤ夫人も含め、その場にいる誰もがナカオ夫人を注視していた。

 オオツキ以外は。

 ナカオ夫人とオオツキ。煙のような気まずさ本来関係がない二人の間で漂う……いや、そうではない。関係がなければ二人がこの場に揃うはずがないのだ。

「あの、ナカオさん。付かぬ事をお伺いします……いややっぱやめとこうかな」

「何ですか?タカヤマさん、私に何か?」

「えーと、これは僕の仕事とは関係ない雑談でありまして、答えたくなければ答えなくてもいいんですが、えーと……」

「答えなくてもいいって、タカヤマさんが聞かなければ答えようも何もないと思いますが……」

 ヨコヤ夫人が至極もっともな横やりを入れたこともあり、まごついていたタカヤマは思い切ってその質問を口にした。

「ナカオさん、こちらのオオツキさんと不倫していますか?」

 ああ、言ってしまった。傍から見れば頭のどこからそんなセリフが湧いて出てくるのか疑うような一言で、その場が極寒の大地のように凍り付いたのをタカヤマは感じた。

 しかし、

「タカヤマさん……どうして知っているんですか……」

 ……マジか……。

 タカヤマは静かに鼻から息を吹き出し、心の中で大きく吠えた。どうにかしてこの戸惑いを逃がさなければならなかった。

 あっさり白状するナカオ夫人。こうなってくると問題はさらにオオツキに集まっていく。果たしてこの場は収拾がつくのかという不安さえ覚えたタカヤマだったが、最後に残った時捜としての使命と早くこの場を立ち去りたい欲求から、ナカオ夫人を呆然と見つめるオオツキに向き直る。

「オオツキさん」

「……はい」

「僕は色々証拠とか集めてあなたを逮捕まで持っていこうとしていました。つい、さっきまでは」

「……ええ」

「いや、もうこの際、一緒に来て全部吐いちゃったほうがいいでしょう」

「うう……」

 車に轢かれたカエルのような声を上げ、観念したようにうなだれるオオツキ。

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