第8話
ヨコヤ夫人のその姿が看護師の服ということは、彼女は仕事の昼休憩か何かの間にここへ訪れたということなのだろうか。
しかし「お父さん」とはどういうことだろう。彼女が「お父さん」と呼びそうな人物と言えば……。
タカヤマと物陰から隠れてみていた歯科助手はヨコヤ夫人の目線を追う。その先にいたのはなんと、さらに顔を青ざめさせた例の歯科医だったのだ。
お、お父さんって、えええええええ!?と声には出さないが驚きは隠せないタカヤマ。
「今日はあの子のお見舞いに行くって話だったのに、なんで仕事しているの!?」
襲い掛かるように歯科医に近付くヨコヤ夫人。
「いや、それが今日はこの通り仕事が入ってしまって……」
「そうだとしても、『最近じいじが見舞いに来ないね』ってあの子が寂しがっているのよ!って刑事さん?!」
「あ、ども」
タカヤマの顔を見て目を見開くヨコヤ夫人に軽く頭を下げる。『なぜあなたがここに。そして刑事ではないです』という言葉がタカヤマの口から出かかっていたが、なぜここにいるのか、ということについては察しがついたので飲み込んでおいた。
この初老の歯科医……胸ポケットにひっかけてあるネームプレートには『オオツキ』と書いてあるこの男は、ヨコヤ夫人の父なのだろう。ヨコヤ夫人は孫娘が入院しているというのに、まったく見舞いに足を運ばないオオツキにもの申すためにここへやってきたということらしい。これで、ヨコヤ夫人の周り、そして先ほど計測された時間の乱れとオオツキが繋がった。タカヤマは心の中だけでにやりと笑う。
「ヨコヤさんのお父さん――いえ、オオツキさん。やはりあなたが3時を盗んだのでは……」
「えぇ、それってニュースでやっている……お父さん!?本当!?」
「う……いやいや。何を言うんですか刑事さん」
「あなたの周りで時間の乱れが確認されているんです!時間犯罪の動かぬ証拠だ!そして私は刑事ではありません!」
「そ、それは偶然でしょう。偶然」
「むぅ……」
確かに、もう少し彼の周りを調べてみないと、偶然という言葉で片づけることができてしまう。オオツキが犯人である可能性は飽和していると言っても差し支えないくらい濃厚なのだが、あとはどう追い詰めるかだ。サクッと自白してくれればスピード解決なのであるが……。
あと一押し、何か偶然が起きてでもいいから事件を解決する一手が欲しかった。
「もう話がないのなら、今日は帰ってもらいましょう。……お前も仕事を抜け出してくるもんじゃないぞ。ちゃんと見舞いには行くから、な?」
しばしの沈黙を破ったのはオオツキだった。退室するよう促されたタカヤマには、これ以上ここにいてもオオツキを睨みつけることしかできなかった。
仕方ない。ここは出直そう……その前に次回の治療の予約をしなくては。
大きな息を一つ吐いたタカヤマは出口へ大股で歩いて、困惑しているヨコヤ夫人の脇を通り抜けて治療室のドアに手をかけた。
しかしタカヤマは部屋から出ていけなった。タカヤマがドアを開ける前に、ほぼ同時に外から治療室に入ってくる人物がいたからだ。
「オオツキさん!どうして最近連絡くれないの!?」
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