第6話
これは至極もっともなのだが、3時の事件に関わっている時捜は誰もタカヤマと組みたがらなかったため、彼はそれからずっと単独で捜査を続けた。また誰かと組むとタカヤマも変に意識してしまうので、一人で捜査している方が心に余裕が持てたのだから不思議なものだ。しかし連日の捜査により車中泊は当たり前、スーツがタカヤマの祖母の顔面のようにしわくちゃになり、シャツの裾は少し茶色く変色していた。
ところで、タカヤマにはどのような事件の捜査があっても、人前に出ることすら控えていただきたい今の姿であっても、ほぼ欠かしたことがないある習慣がある。
それは入院している彼女の見舞いである。数年前にとある時間犯罪に巻き込まれ、彼女はそれ以来ずっと病院のベッドの上での生活を強いられている。そんな彼女の世話をずっと甲斐甲斐しく続けており、今日も捜査の合間を縫って都内の病院に赴くタカヤマだった。
いつものように花屋で買った小さなドライフラワーを片手に病室を訪れたタカヤマは、面会時間の限度いっぱいまで彼女と他愛もない話を交わしたのだった。おかげでタカヤマの肩にのしかかる仕事疲れがダンベルから缶ジュースくらいの重さまで軽減した。
病院から出て、さあこれからもう少し仕事をしていくかと大きな伸びをしていると、「あっ」と何者かがタカヤマに気付いて声を上げた。
声のした方を見ると、女性が一人、タカヤマを見つめていた。一瞬首を傾げたタカヤマだったが、すぐに先日捜査で家にまでお邪魔したヨコヤ夫人だと気付いた。
タカヤマが頭を下げると、ヨコヤ夫人も手提げかばんを持ち直して、ぎこちない動作で会釈を返した。
「ヨコヤさん、この前はありがとうございました」
「いえ。刑事さんもどなたかのお見舞いですか……すいません、不躾な質問でした」
「ああ、お構いなく。知り合いが入院してましてね。捜査の合間にちょいちょいと来ているんです。あと、よく間違えられますが時捜は刑事とは違うんですよ」
「あ……ごめんなさい、そうでしたか。……お仕事、すごく忙しそうですね」
「わかりますか?」
「まあ、それは……」
ヨコヤ夫人の目線がタカヤマのぼさぼさの頭髪やしわだらけのスーツを行き来する。彼女に会う前に整えたつもりだったが、ヨコヤ夫人と以前会った時に比べると、やはり身だしなみは相当乱れているのだ。
「それでもいらっしゃるなんて、よっぽど気になる人が入院しているんですね」
「……そうですね。僕がこの仕事に就くきっかけとも言える人です」
「きっかけですか?」
「ええ。時間犯罪に巻き込まれまして、その後遺症で入院しているんです。彼女のような時間犯罪の被害に遭う人を一人でも減らしたい。そう思って僕は警察から時間管理警察になったんです」
本当のところ、タカヤマの彼女は巻き込まれたどころかターゲットになってしまったのだが……もちろんタカヤマはそんなことをぺらぺら話すつもりはなかった。そして、真摯な姿勢が伝わったのか、最初に会った頃よりもヨコヤ夫人の表情は柔らかくなっていた。
「私も娘の見舞いで来ていたんです。もうすぐ手術なので、いろいろバタバタしていまして。ああ、この前はあまりお話しできずにすいませんでした」
「いや、こちらこそ突然押しかけてしまって……あの時の用事はここに来ることだったんですか」
「はい。……では刑事さん、事件について何か思い当たることがあったら連絡しますね」
「はい!お願いします」
ヨコヤ夫人はタカヤマに背を向け立ち去った。
その姿が見えなくなると、タカヤマはポケットから時間の波を調べる装置を取り出し、自分の周りへかざすように動かした。
「乱れはないか……」
もしヨコヤ夫人が犯行にかかわっているのだとしたら、彼女の周りには時間干渉の痕跡がこのあたりに漂っているはずだが……これでヨコヤ夫人が時間の乱れに関わっている線は薄くなった。捜査としては前進したことにはならないが、手元で煮詰まっていた案件が進展したという事実が、タカヤマを大いに元気づけた。
「……よし!」
タカヤマは両手で頬をパンと音が響くくらいに一発叩いた。少しづつたるみが乗ってきた頬が引き締まり、再び難題へ立ち向かう気持ちの高ぶりを感じたのであった。
まだ、やれる。タカヤマは30代に突入したその身を奮い立たせた。
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