第5話

 セオと共にヨコヤ邸を後にして、近場に止めていた車の中で先ほどのやり取りを振り返る。

「特に収穫なかったですね。これからどうします?」

「お前、あの家の中で時間の波調べてただろ。何か反応はあったか」

 両手で×マークを作って否定するセオ。

「特に乱れらしい乱れはないんですよね。こりゃヨコヤはシロですよシロ」

「じゃあ報告にあった彼女の周辺の時間の乱れは何だろうな」

「ヨコヤじゃない人物の痕跡じゃないですか」

「うーん……」

 タカヤマは記録装置のディスプレイを目の前に展開させ、音声で記録した自分たちとヨコヤ夫人の会話を見返す。が、やはり怪しいところは見られない。今日の捜査は最終回まで空振り3審、勝ち点0の結果で終わってしまった。

「ねえねえ先輩、一回本部に戻りましょう。他の時捜から何か情報が上がっているかもしれませんよ」

「そうだな。戻ってみるか」

 確かに、ここで時間を潰しても仕方がない。捜査意欲が白けてしまったセオの意見に乗っかり、タカヤマも他の時捜の成果を待とうと思い、車のエンジンをかける。

 もう夕方だ。空には灰色の薄い雲がかかり、周りは薄暗い夜の闇に沈んでいく。

「……今度は先輩が失踪するとかはやめてくださいよ」

「ばか。これでも、結構気にしてるんだからな」

「でも、あえてこういうことを言っておけば回避できるかもしれないじゃないですか」

 自分でも驚くくらい乾いた笑いがタカヤマの口から出る。ここ数日の疲れからか、そんな冗談も笑い飛ばさなければ足元のアクセルを踏む力も出せなかった。


 よくないことというものは、起きるときには徹底して立て続けに起こるものである。今回の事件を通して、それが嫌というほどわかった。

 翌日、タカヤマは署内の自分の机で頭を抱えていた。比喩表現ではなく、本当に両手で顔面を覆い、両の肘を付く様は近年まれに見る『頭を抱える』の模範解答ともいえるポーズだろう。

 なぜなら、セオが失踪したからだ。

 フラグをこんなにも速く回収することもないだろうに。始業時間を過ぎても署に顔を出さない、連絡を試みても不通を貫くセオのアパートへ赴き、大家に頼んでもぬけの殻の部屋を確認して戻ってきたところだ。時間の乱れを計測しても、彼の部屋及びその周辺から異常は計測できなかった。

 報告してからしばらく署内で待機していたタカヤマだったが、徐々に周りから「タカヤマと組むと漏れなく失踪する」と不名誉極まりない噂が煙のように時捜の間で漂い始めたのだ。もちろんタカヤマは二人の失踪には何も心当たりがないのだが、傍から見れば彼が失踪の原因に見えるのだろう。

 だからタカヤマはやっきになって3時を追う捜査に取り掛かった。というよりは今すぐにでも取り掛かれそうな事件がそれしかなかった。

 時捜が失踪した上に、3時を奪われたという被害件数は増え続ける一方である。犯人は今も3時を盗み続けているに違いなかった。

 この件を何とかしなければ、二人の失踪も解決できない。タカヤマはそんな気がしてならないのだ。むしろそう思わないと、周りからの不信の目から逃げ出し、夕方の町並みを走り出してそのまま線路に飛び込んでしまいそうだった。仕事のこと以外を思考から追い出さないと、さらに良くない方向に事が進んでしまうような不安が溢れてしまいそうだった。

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