第4話

 勤続約30年ナカオ時捜52歳、ここに失踪す。

 特にそのような見出しで大々的に報道されることもなかった。『3時盗難事件』の捜査に当たっていた時捜が忽然と姿を消したということは、まだ情報の錯綜を防ぐためにメディアには伏せられたままであった。

 失踪の詳しい日時や、その前後のナカオの行動はわかっていない。時間管理警察が把握している最後の彼の行動は、二人一組の捜査から帰ってきて、もう一人の時捜に捜査の道具を手渡したところまでである。

 つまり、この時間管理警察において最後にナカオを見たのは、その道具を手渡されたタカヤマである。時間管理警察もタカヤマの証言をもとにナカオの捜索も開始した。

 内密にも近い調査では当然タカヤマが真っ先に会議室に呼ばれた。それはタカヤマが一人で捜査をし始めて2日目の話であり、2日も休むとはそんなに離婚の話はもめるものなのか、と思っていた現在独身彼女がいた歴ナシのタカヤマはかなり驚いた。ナカオが捜査を途中で投げ出すこともなく、突然行方をくらます人物でもないことを知っていたタカヤマだからこそ、その驚きは誰よりも大きかった。呼び出された時の話では、タカヤマと最後に遭った翌日の朝方に自宅を出ていくのを、ご近所さんが見かけたというところまではわかっているようだ。姿が見えなくなったのはそれ以降ということになる。

 今回の事件を調べていたから消されたのか、それとも何の関係もないところで被害にあったのか。そもそも安否すら確認できない状況の中では探しようもなかった。ただ、無事でいてほしいと祈るところまでが限界であった。

 タカヤマだって心配している。昨日だって飯が3回分しか喉を通っていない。

 しかし今日も捜査へ足を運ばなければいけないのだ。新しく組むこととなった後輩のセオという男性時捜と共に、今日は捜査線上に浮かびあがった容疑者の家へ向かうことになった。

 その名はヨコヤという主婦である。容疑者と言っても、彼女の自宅の周辺で時間の波がわずかに不自然な軌道を描いていただけだ。彼女の周りで何かが起こっているのは間違いないが、犯人かどうかで言えば限りなく犯人ではないだろう。それでも、事件解決のための何かが得られるといいのだが。

「何もないと思います」

 しかしヨコヤ夫人の口からは有益な情報は何も得られなかった。わざわざ家の中にお邪魔までしたというのに、タカヤマは心の中で思い切り肩を落とした。

 ヨコヤ夫人は30歳手前だというのに、しっかりと主婦然とした人物だった。少しやつれた印象を受けないでもなかったが、まだ若々しい男の写真が飾ってある仏壇がリビングから見えたので、彼女の苦労が想像もできないが故の深さのしれぬ敬意がタカヤマの中を満たした。

 質問を続けるセオ。

「ではヨコヤさんの周りで何か変わったことはありませんでしたか?何ともなしに買った宝くじに当たったとか、いきなり年齢の割に美肌魔女っぽくなった人とか」

「さあ……?」

 セオの問いかけにヨコヤ夫人は目をぱちくりさせた。ちなみにどれも過去の時間犯罪で実際にあったことだ。

「そうですか……」

 いよいよ質問の弾丸も打ち尽くし、もうあとは帰るだけですよと言わんばかりにセオがタカヤマに困ったように目くばせする。タカヤマとしても、30分ほどのやり取りの中で気になることは特になかった。

「あの、この後出かける用事があるので、そろそろ……」

「それでは、何か思い出したり、気になることがあったらこちらまで連絡を。お忙しい中、ありがとうございました」

 決まり文句と名刺を差し出し、席を立つ。「レモンティー、おいしかったです」と一言と共にセオも立ち上がった。

 苦笑するヨコヤ夫人。それもそのはずだ。彼女が出してくれたのはレモン汁が入っていない紅茶だ馬鹿、とタカヤマは聞こえない悪態でセオの後頭部を叩いた。

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