第3話

 時捜の捜査は基本的に二人一組で行われ、大半はベテラン時捜1名に新人時捜1名といった配分である。ベテランと言っても年代的には30代後半が大半である。時間干渉装置(通称TMデバイス)や時間固定デバイスの新技術の使用が求められるので、機械に弱い世代は軒並みデスクワークや捜査の指揮へ固まっているのだ。タカヤマは現場としては年数を重ねているほうだが、さらに長年捜査を続けているナカオという時捜と組んでいた。

「ナカオさんナカオさん」

「何だよ」

「言っちゃあなんですが、こっちの捜査していていいんですか」

「こっちじゃない捜査でもあるのかよ……ああ家内のことか」

「そうですよ。あの綺麗な奥さん、この前浮気してるの分かったって言ってたじゃないすか。ナカオさん、今回の仕事だけじゃなくて、最近は熱心に捜査であちこち駆けまわっているそうですが」

 都内のビル群の中を歩いていた二人だったが、ナカオの足がピタッと止まる。振り向いたタカヤマはやっぱりかという顔をしたが、すぐにナカオは追い抜いて行ってしまった。

「俺ン中では離婚するって決まってるから、あとは弁護士に丸投げしてきたよ。だから今は女房のアナより時間テロ犯を追っかけるほうが先だ」

「上手いこと言えてないような気がしますね。」

 この二人は現代における都内の一部地域の捜査を担当している。今のところこの国では、都内において時間的被害が集中しているため、捜査は都内の時間軸の10年前後を目安に行われていた。時間を盗む……つまり時間に干渉したということは、犯行現場に取りこぼしのような3時の欠片が波として残っているはずである。タカヤマたち捜査官にとってはペンケース程度の大きさの機械を使って、その波を追っていくのが捜査の第一歩としている。

「……全然反応がないんすけど」

「そりゃ、都内って広いからな」

「もっと楽な方法ないんですかね。こう、薄暗い部屋にたくさんディスプレイがあって、広い範囲を一気にぴぴぴぴぴと検索できるようなの」

「あったらすぐ導入されてるだろ。時間を盗むのも装置を使っての現場作業だし、なら探し出すのも足を使わなきゃなんねえ。まだそんな時代じゃねえんだよ」

「畳みたいな板に乗って時間移動の時代もしばらく来そうにないですね」

「マンガの中だけだ、あれは」

 その時、ナカオの懐から音楽がまろび出る。時間干渉の波を捉えた音かと思ったが、ナカオが取り出した携帯端末の着信音だった。

「……ちょっとすまん。先生さんからだ」

「はいはい」

 先生……弁護士のことだろうか。

 ナカオは少し離れて通話を始めた。タカヤマは波を追う装置を振り回して遊んでいた。本人としては大真面目な打開策なのであるが、もちろん戻ってきたナカオに拳骨を落とされた。

「壊したらまた始末書モンだぞ」

「その節はすいませんと思ってますよ?」

「まあでも、よくあれが始末書程度で済んだな。別時間のものを持ちかえるなんて下手すれば記憶消去のあとに解雇だぞ」

「向こうの時代の腰痛持ちのおじいさんを手伝って、その時にもらったものをそのまま持ち帰っちゃいましたって書いたら何とかなったっす」

「だとしてももう止めろよお前……」

「わかっています。で、さっきの電話は急用とかじゃなかったんですか」

 ナカオはガシガシと後頭部を掻き、今までの捜査でもタカヤマが見たことがないくらい色々な感情が入り混じった顔をした。

「明日、裁判所で女房と間男と俺で離婚調停の話をするからその最後の確認さ。だから明日はお前だけで頑張れ」

「マジですか。……あー、まあ仕方ないですね。」

 などと言っておきながら、タカヤマの内心は気だるさ2割、残りすべてはウキウキだ。

「すまねえな。あとで時間固定デバイスのユーザーお前にしとくから。今日の終わりに忘れていたら言ってくれ」

「うっす」

 明日は一人で捜査。確かに面倒ではあるが、それはそれで気が楽に仕事ができる。明日は煙草が好きな時にふかせる。

 そしてこの日が、タカヤマにとってナカオと最後に会った日となった。

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