翌日、放課後になって、久遠さん、青と一緒になった。今日は三人で帰ることができた。

「青、昨日途中で帰ったんだね」

「ごめん、言ってから帰ればよかったんだけど、急に予定を思い出してね」

急に予定を思い出して、だなんて、なにかを誤魔化す以外にほんとにあるんだな、と妙に関心してしまった。それとも、誤魔化している?

「誤魔化しじゃないよ。これでも昨日は焦ったんだ。文庫本は読みかけだったけど、五時には急いで教室を出たよ。思い出してよかったよ、ほんとに」

「五時? 五時に教室を出たの?」

 久遠さんがちょっとびっくりした様子で言った。

「うん、五時には出ないと用事に間に合わなかったから」

「それはおかしいよ、おかしいよ、だって、私、五時に廊下に出ていたもの。惣田さんが出て行くところなんて見てないよ」

 今度は青の顔が曇っていく。私は始め、なにがおかしいのかわからなかった。でも、よくよく考えるとおかしいのだ。青のいた空き教室は一本の廊下にしか面していない。久遠さんは、青が帰ったと言った時間に、その廊下に立っていたと言うのだ。

 青は怪訝な表情で考えている。

「青は五時に教室を出たつもりだけど、あの教室への唯一の経路である廊下には久遠さんがいて、久遠さんは青の姿を見ていない。ってこと?」

「私は、いつのまにか透明人間になっていたみたいだ」

 おどけたようなことを言っておきながら、顔に表情がない。考えているのだ。


 それから青は喋らなくなった。私と久遠さんも一言二言喋ったきり会話が続かなくなった。もうすぐ寮に着く。

 昨日のことはまだよくわからない。モヤモヤしたまま帰るのは嫌だから、少し推理してみる。はたから見たら、青と同じような顔をしているだろう。

 青のいた部屋は密室だった。密室と言っても、物理的な密室でなく、監視者によって成立する密室で、監視者、つまり久遠さんの証言によれば、五時ごろにだけ密室が成立していた。五時に廊下に出て数分で部屋に戻ったという。

久遠さんは時間を間違えていたのだろうか。久遠さんはコピー室に時計はなかった。それでも五時というのだから、別の部屋の時計を見て判断したのだろう。おそらく正確だと考える。

 では、青の時間が間違っていたのか? 青は昨日、用事を思い出して帰ったそうだ。五時には学校を出ないと間に合わなかったと言っている。時間を間違えていれば、用事には間に合わなかったはず。ということは、青は時間を間違えていない。

 あと青について考えられるのは、青が嘘をついていた場合だ。でも、こんなことで青が嘘をつくだろうか。意味のないことだ。だけどそれ故に、青ならば……? 青のことはやはり分からない。

 そもそも、なぜ久遠さんは五時ごろ廊下に出ていたのか。廊下に時計はない。どこの時計を見たのか。


 ここで手詰まりだった。ふと顔を上げると、久遠さんが覗き込むようにこちらを見ていた。

「……久遠さん、どうかしたの」

「そっちこそ、具合でも悪いのかなって。眉間にシワが寄ってるよ」

気付かなかった。女子として少し気をつけよう。眉間をさすりながら言う。

「さっきのことを考えていたの。モヤモヤしたまま帰るのが嫌で……」


 そのとき、チャイムがなった。夕方のチャイムだ。いつもと同じ、遠き山に日が落ちてのメロディ。スピーカーが近くて、音量が大きかった。

おもむろに青が顔を上げて、なにかを言っている。チャイムでよく聞こえない。

「……うか、……ぞ、わかったぞ! そうか!」

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