二
放課後、私は部活に所属していないので、特に用はない。少し教室で駄弁ってから帰るのが習慣だった。青も部活をしていないから、一緒に帰ることが多い。帰る方向が途中まで一緒なのだ。
校舎を出て校門を目指していると、校門の前に件の転校生がいるのが見えた。久遠さんは私たちの姿を認めると、こちらに向かってきた。もうクラスメイトの顔を覚えたのだろうか。
「すいません、えっと、同じクラスの人ですよね。名前は……」
流石に名前は知らなかったようだ。名乗っていないのだ、無理もない。
「私は刈谷硝子。でこっちが惣田青。よろしくね、久遠さん」
「よろしく、久遠さん」
「よろしくお願いします。青って、変わった名前だね」
「よく言われるよ。覚えやすいとも言われるけど」
「ところで、久遠さんはなぜ校門前に? 誰かを待ってたの?」
「そう、そうなの。私、今朝ここへ来るときは送ってもらったんだ。帰りは一人で帰るつもりで、道も覚えてきたはずなんだけど、道がわからなくなっちゃって。来た道を辿ってなんとか学校まで戻ってきたところなの」
「家はどこらへん?」
「学校から南東の方だったと思うんだけど、町名とかはわからなくて」
方角を頼りにするのは大雑把だろう。
しかし、私たちが帰る方向も南東だった。
「私たちもその方面だと思うから、一緒に行ってあげようか?」
「ほんと! ありがとう! 先生に聞こうかとも思ってたんだけど、捕まらないかもしれないし、困ってたんだ。六時半から用事があって、少し急がなくちゃいけなかったの」
期せずして、転校生と会話する機会を得た。
久遠さんは私より一回り小さく、雰囲気も小動物の様だ。髪が短く揃って、おかっぱ頭になっている。久遠さんが、見た目の淑やかな感じとは違う、活発な声色で言った。
「二人は、いつも一緒に帰っているの?」
「いつもってことはないかな。時間が合えば一緒に帰る。私は寮に住んでいるから、寮に着くまでのあいだだけど」
「なんか、いいな。私、引っ越す前は学校のすぐ近くに住んでいたから、友達との下校ってしたことないんだ」
「そんなに特別なことでもないよ。教室で駄弁るのと同じだよ」
それから、久遠さんがどんなところから来たのかという話になった。
「隣の県だから、だいたい同じ。前の街はここより高い建物が多くて、ちょっと都会な感じ」
「ここ、田舎だもんね。滅多に高層ビルとかないし」
「田舎というよりベッドタウンといった方が正しいかな」
だんだん暗くなってきて、日が沈んでも遠くの空はまだ赤い。そこから、天球がグラデーションで青く、黒くなって、反対側の地平線まで。私は、弧を描く地平線を見たことがない。この街から見える地平線は、建物の影ででこぼこしている。
久遠さんのいた街ではどう見えただろうか。ビルで見えないのだろうか。
そのとき、チャイムが鳴った。防災無線で使われるスピーカーが鳴らしているのだ。六時を知らせている。音色は、ドボルザークの『新世界より』の『家路』。
「夕方のチャイムだね。このチャイム、自治体ごとに鳴らす時間帯や音色が違ったりするんだよ。鳴らさないところもある。久遠さんの街ではどうだった?」
知らなかった。たまに出る青の蘊蓄だ。
「前にいた街でも同じだったよ。これ、『遠き山に日は落ちて』の歌詞が付いている曲でしょ? なんだか、ひさしぶりに聞いた気分」
「そうだ、六時半から用事があるんでしょ? 間に合う?」
「うん、大丈夫だと思うよ。もうすぐ着くよ。今朝、この道を通った気がする。」
やっぱり、久遠さんは楽観的なところがある。一緒にいて、ちょっと心配になる。
そんな話をして歩くと、程なく寮につく。私はそこで道案内を青にお願いし、寮に帰った。青は積極的に誰かを助ける人ではないが、さすがに途中で久遠さんを置いて行ったりはしないだろう。
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