放課後、私は部活に所属していないので、特に用はない。少し教室で駄弁ってから帰るのが習慣だった。青も部活をしていないから、一緒に帰ることが多い。帰る方向が途中まで一緒なのだ。

 校舎を出て校門を目指していると、校門の前に件の転校生がいるのが見えた。久遠さんは私たちの姿を認めると、こちらに向かってきた。もうクラスメイトの顔を覚えたのだろうか。

「すいません、えっと、同じクラスの人ですよね。名前は……」

流石に名前は知らなかったようだ。名乗っていないのだ、無理もない。

「私は刈谷硝子。でこっちが惣田青。よろしくね、久遠さん」

「よろしく、久遠さん」

「よろしくお願いします。青って、変わった名前だね」

「よく言われるよ。覚えやすいとも言われるけど」

「ところで、久遠さんはなぜ校門前に? 誰かを待ってたの?」

「そう、そうなの。私、今朝ここへ来るときは送ってもらったんだ。帰りは一人で帰るつもりで、道も覚えてきたはずなんだけど、道がわからなくなっちゃって。来た道を辿ってなんとか学校まで戻ってきたところなの」

「家はどこらへん?」

「学校から南東の方だったと思うんだけど、町名とかはわからなくて」

方角を頼りにするのは大雑把だろう。

 しかし、私たちが帰る方向も南東だった。

「私たちもその方面だと思うから、一緒に行ってあげようか?」

「ほんと! ありがとう! 先生に聞こうかとも思ってたんだけど、捕まらないかもしれないし、困ってたんだ。六時半から用事があって、少し急がなくちゃいけなかったの」


 期せずして、転校生と会話する機会を得た。

 久遠さんは私より一回り小さく、雰囲気も小動物の様だ。髪が短く揃って、おかっぱ頭になっている。久遠さんが、見た目の淑やかな感じとは違う、活発な声色で言った。

「二人は、いつも一緒に帰っているの?」

「いつもってことはないかな。時間が合えば一緒に帰る。私は寮に住んでいるから、寮に着くまでのあいだだけど」

「なんか、いいな。私、引っ越す前は学校のすぐ近くに住んでいたから、友達との下校ってしたことないんだ」

「そんなに特別なことでもないよ。教室で駄弁るのと同じだよ」

 それから、久遠さんがどんなところから来たのかという話になった。

「隣の県だから、だいたい同じ。前の街はここより高い建物が多くて、ちょっと都会な感じ」

「ここ、田舎だもんね。滅多に高層ビルとかないし」

「田舎というよりベッドタウンといった方が正しいかな」

 だんだん暗くなってきて、日が沈んでも遠くの空はまだ赤い。そこから、天球がグラデーションで青く、黒くなって、反対側の地平線まで。私は、弧を描く地平線を見たことがない。この街から見える地平線は、建物の影ででこぼこしている。

 久遠さんのいた街ではどう見えただろうか。ビルで見えないのだろうか。

 そのとき、チャイムが鳴った。防災無線で使われるスピーカーが鳴らしているのだ。六時を知らせている。音色は、ドボルザークの『新世界より』の『家路』。

「夕方のチャイムだね。このチャイム、自治体ごとに鳴らす時間帯や音色が違ったりするんだよ。鳴らさないところもある。久遠さんの街ではどうだった?」

知らなかった。たまに出る青の蘊蓄だ。

「前にいた街でも同じだったよ。これ、『遠き山に日は落ちて』の歌詞が付いている曲でしょ? なんだか、ひさしぶりに聞いた気分」

「そうだ、六時半から用事があるんでしょ? 間に合う?」

「うん、大丈夫だと思うよ。もうすぐ着くよ。今朝、この道を通った気がする。」

やっぱり、久遠さんは楽観的なところがある。一緒にいて、ちょっと心配になる。

 そんな話をして歩くと、程なく寮につく。私はそこで道案内を青にお願いし、寮に帰った。青は積極的に誰かを助ける人ではないが、さすがに途中で久遠さんを置いて行ったりはしないだろう。

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