朱に交われば

ピクリン酸

 十一月、この時期に転校生とは珍しい。転校生は黒板に整った字で『久遠 咲子』と書き、その前に立つ。

「隣の県から転校してきました。久遠です。よろしくお願いします」

よく通る声だった。

 紹介もほどほどに久遠さんは席に着き(こういうときは必ず席が一つ空いているものなのだ)、平常通りに授業が始まる。何人かの活発な生徒は転校生のことでいっぱいなのか、授業なんてまともに聞いていない。教室全体がそわそわしたまま一時間が過ぎる。

 授業後、転校生の周りを活発な生徒が取り囲んでいた。業間は十分しかないのに熱心なことだ。

 私はそれを少し離れた自分の席から眺めていた。前の席には青がいる。青というのは人名で、惣田青という。艶のある黒い後ろ髪が、肩まで伸びている。耳元にはメガネのつるが見えた。少し俯いて、本を読んでいるようだ。

 青とは、入学したときに出会ってから、もう半年以上経つ。私はまだ青のことがよくわかっていない。でも、よい友人だと思わせる。そういう人なのだ。

 青が体を捻らせ、こちらを向く。前髪は額のあたりで揃えられている。先程見えたつるは、細いフレームで囲われた、丸いレンズを支えている。

「刈谷も興味あるのかい? あの転校生」

「この時期には珍しいよね。でも、興味があるってほどじゃないかな。宇宙人でも未来人でも異世界人でもなさそうだしね。 青こそ、話しかけてみたら?」

 私はわかりきっていることを質問した。青はミーハーとは常に対局にある存在なのだ、興味のあるはずがない。青は必要最小限、なるべく有意義な会話をする癖があるので、たまにこうやって、会話に無意味なおちょくりを混ぜる。しかし、今回は意外な返事が返ってきた。

「そうだね。あとで機会があれば、声をかけてみようかな」

「青から誰かに声をかけようだなんて、珍しいじゃない。 何か気になるの?」

「気になるかどうか、興味深いかどうかは、話しかけてみないとわからないからね」

 やっぱり青のことはよくわからない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る