降りしきる雨に咲く一凛の花

広牧 なかめ

第1話

 今日も雨。しきりに降り続き、やむことは多分ない。でも嫌いじゃない。

 窓から聞こえる雨音、窓に付く水滴、窓の冷たさ。私は雨が好き。


 「また窓なんか見ちゃって」

 「どうして?駄目なの?」


 恵の質問が私を責めてるような気がして、だから棘を含んだ言い方で返した。

 でもちょっと後悔した。


 「いや、別に」


 そんな私の心を全てわかってるかのように、優しい声色、優しい表情で返してくる。でも嬉しくない。全部全部恵は私のことを見透かしたようにいつも話しかけてくる。


 「ふーん」

 「ほら、拗ねないで。こっちおいで香奈」

 「や」

 「いいから」

 「…」


 私のベッドに寝てる癖に、生意気。絶対行くもんか。


 「あら、すんなりと来るのね」

 「…うるさい」


 私の想いとは裏腹に体は動いていた。


 「よっ、と」

 「あっ」


 恵がいる、私のベッドの前で立っていたら、グイッと引っ張られた。

 恵の顔が近くなった。


 こんな奴嫌いだ。


 「香奈、顔が赤いよ。興奮してる?」

 「してない」

 「ふふっ」


 やめて。私の心を見透かさないで。

 やめて。押し倒さないで。

 やめて。顔を近づけないで。

 やめて。あぁ、恵が頭の中一杯に広がる。

 やめて。私から離れないで。


 「恵…」

 「なぁに、香奈?」

 「もう一回…」

 「もう一回、なに?」

 「……」

 「そんな目で見ても分かんない。ちゃーんと言葉で言って」

 「も、もう一回、キ、キスして…」


 言った瞬間、恵がそれを重ねてきた。

 あぁ、さっきよりも一段と熱い、長い、深い。

 自分の体の細胞全てが反応する。恵が欲しい、欲しい、欲しい欲しい。

 もう、歯止めが利かなくなっていた。


 「めぐみ……」

 「もう、興奮しちゃって。そんなに私のこと好きなの?」

 「だいすき……私をぐちゃぐちゃにして」

 「ぁあ~もう、香奈っ」


 胸の奥底に恵に対しての、形容し難い熱い何かが存在し、もうそれがマグマのように流れ出した。恵が少し離れる度、胸が締めつけられ、また欲しいと思う。


 今の私はどういう風に映っているだろうか。はしたない姿で、だらしない表情でただ強欲に一人の女をむさぼろうとしている。普段の私がこんなのを見れば、私は自分に絶望するだろう。

 でも、いい。恵も何かに飢えているように、私の身体を求め続けているし、今だけは私も恵が欲しい。

 「あっ、めぐ、みっ、そこはっ」


 「ふふっ、我慢しないで。もっと声、ちょうだい?」


 あぁ耳元でそんなこと言わないで。訳がわかんなくなる頭が真っ白になるもっともっともっと。


 「んん、あぁぁっ!」


 —————————

 何分間、いや何時間そうしてただろうか。

 しわくちゃになったベッドのシーツと、そこに寝そべる私。今の私はどう映っているだろうか、いや考えたくもない。

 この時間が一番嫌だった。私を覆いつくす虚無感の嵐が治まることを知らず、黒で埋めつくそうとしてくる。


 恵は今ここにはいない。

 私がこの時間が嫌いなことを知ってるから、終わったらすぐどこかにいってしまう。それは私としても助かることなので、不満は無い。

 特にすることもなくそして強烈な眠気も襲ってきたので、抗うことなく瞼を閉じることにした。


 —————————

 カチャ、ギィィィィ…

 部屋のドアを開ける音で目が覚める。ちょっと怖くなったから、誰が入ってきたのかを確認しようと目を開けた。その人物はこちらに背中を向けていたが、いきなりこっちを振り返ってくるもんで慌てて目を閉じる。


 「香奈、買ってきたよ」

 「…」

 「喉乾いてるかと思って飲み物買ってきたよ~、はい、コーラ」


 なんでこの人は私が今一番欲しい物を欲しいタイミングで、毎回毎回出してくるんだろう。そして多分寝てるふりもバレてる。でも素直に受け取るのも、なんでかわからないけど気が引ける。


 「ん」

 「ふふっ、おはよう?」

 「…」


 結局自分の中で色々と葛藤しながらコーラを受け取った。でもその後の挨拶は、それを飲むのに夢中で返さなかった。

 コーラを飲んでたら、おもむろに恵が立ち上がった


 「今日はこれから行くところがあるから」

 「…え?」

 「えと、ごめんね、すぐ帰ってくるから」

 「あ、そう。いってらっしゃい」


 どこかに行くと恵が言うもんで、私はとても冷たい、そして素っ気ない言葉を投げ返した。その言葉はなんだか殺気がこもっているような気もしたが、嫌いな奴に向けての言葉だからなんの問題も無いだろう。


 「あ、そうそう。スマホの充電はバッチリだよ!」

 「...」

 「んじゃね〜」


 部屋を出る直前に、恵が親指を立てて何か喋ってた様な気がするが全く頭に入ってこず、ただその親指を立てている手しか見なかった。しかしその手が急に開き、ひらひらと振る仕草へと変わり、それがまた私の心を締めつける。

 だからこんな奴嫌いだ。


 —————————

 ザーッ、ザーッ...

 外を見ていた。しきりに降りしきる雨は止むことを知らず、そしてその一粒一粒が地面をうちつづける。そこに意味を見出そうと考えるのは滑稽だろうか?私はそうは思わない。

 なぜならこの世は自由だから。何してもいい。なんにも縛られない。

 そう言えば、昔肉親がどちらも死んだ時も雨が降っていたっけ。その時の光景は、目に雨がたくさん入ってきたから余り見えず、はっきりと覚えてない。


 ほら、また目に雨が入ってきた。


 あの時に空いた心の穴を埋めようと、誰でもいいからすがった。自分の感情なんてどうでもよかった。だからあんな嫌いな奴でも良かった。

 初めはあいつに私の存在を刻みこもうと、自分に嘘をつき続けアピールしまくった。それがいつしか嘘じゃなくなるなんて思いもしなかったけど。


 あぁ、心の奥底が恵を欲してる。今何してるんだろ、どこにいるんだろ。でも、


 「あんな奴嫌いだ」


 そう。私は恵が嫌い。

 だからスマホに手を伸ばし、今日も自分に嘘をつき続ける。

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降りしきる雨に咲く一凛の花 広牧 なかめ @nakame

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