第9話
籠もった血の臭いを嗅ぎながら、殺し屋達は最上階にたどり着き、10メートル程先にある扉の前の護衛を全滅させると、
「よし、行ってこい『
「生きて帰ってこいよ」
上がってきた敵達を迎え撃つ様に、柱や調度品を盾にする殺し屋達は、蜂須賀の武運を願いつつ小田嶋の元へ送り出した。
「サンキュー」
ニッと笑って元・同業者達にそう言うと、蜂須賀は気合いの入った真面目な顔で扉に向き直り、トラップがないか警戒しつつ小田嶋が待つであろう部屋に向かう。
彼女は近くに転がっている死体を盾の様に構えてから、その扉を半開きにしてから蹴って開けた。
するといきなり投げナイフがすっ飛んできて、盾の死体にいくつも突き刺さった。
「お前ならそうすると思っていたよ。『雀蜂』」
その主は、紛れもなく『情報屋』とマスターに一杯食わせた、蜂須賀にとっての因縁の相手である小田嶋だった。
白い高級スーツを身に
その
「相変わらず用意が良いな小田嶋」
「なに、こういう襲撃に対して備えてあるだけの話だ」
部屋の中は、いかにも社長室といったデザインの家具で固められていて、小田嶋がいるのは、入り口から見て一番奥に置かれた、大きな木製デスクの後ろだった。
蜂須賀の背後で、扉が少し
さぞ自分への復讐に燃えているだろう、と考えていた小田嶋は、入ってきた蜂須賀の表情が、穏やかにも思える事に期待が外れた顔をした。
「しかしまあ、お前、
「もう34にもなると、そんな大層なもの振り回すだけの体力が無くてさ」
「それは残念だな。せっかくお前の
「こうして
当時と変わらないものを維持する蜂須賀の肢体を、小田嶋はわざと不快にさせようと嫌な視線で舐め回すが、彼女は全く意に介さずに半笑いでしれっとそう返した。
思惑通りにいかなかった小田嶋は、非常に面白くなさそうに顔を曇らせる。
「まあそんな事はどうでも良い。岩水美雪はどうした?」
「ん? ああ、あの勝手が良いガキを産んだ尻軽女か」
蜂須賀の表情が引き締まったものに変わったのを見て、小田嶋はニヤリと笑いながら美雪を侮辱しつつ、指にはめている指輪型マウスをクリックした。
「この通りだ」
すると、デスクの横に置かれた大型テレビに、服も身体もズタボロの状態で拘束されている美雪の姿が映った。
両腕を鎖で天井につられている彼女はピクリとも動かず、蜂須賀からは生きているかどうかも分からない。
「わざわざ、中継どうも」
それを見た蜂須賀は、わずかに険しい表情をしたが、取り乱すまでには至らない。
「おいおい、冷たいな。怒りもしないのか。人の心まで牙と一緒に抜けたか?」
「美雪だって命を捨てる覚悟の上だ。彼女はそんな事を望んでないからね」
一番蜂須賀が嫌がりそうな事を言った小田嶋だったが、彼女はそれでも全く動じず、娘を護るために戦った母親を
「おしゃべりはこの辺にしよう。そろそろ色々と決着をつけようじゃないか。人殺し同士らしくね。時間もないし」
どうせあんたの事だ、得物付きのヘリがもうじき着くんだろう? と、状況からみても肝が据わり過ぎている小田嶋の手の内を読んで、蜂須賀はそう言った。
「良く分かったな」
「ああ。お前みたいな
蜂須賀は
「卑怯とは失礼なヤツだ。戦略的撤退は立派な作戦の1つだろう」
そう開き直った小田嶋も、同時に蜂須賀と逆の手で同じ事をした。
両者がそれ以上動くのも
「おいおいマジかよ……」
彼女らの会話を聞いて、屋上に追い詰められた下っ端を仕留めていた帆花は、ビルに近づいてくる、左右にミサイルを2つずつ付けたヘリを見て
「てめえらさっさと下降りろ! あの野郎、私らをローストにする気だぞ!」
蜂須賀以外の殺し屋達に忠告して、帆花は銃とジャケットを担いで慌てて撤収を開始する。
「狙撃で落とせば良くない?」
「無茶言うな! こんな豆鉄砲で空対艦ミサイルが
脳天気な事を言いつつ併走するセーラー服の女性へ、至極まっとうな突っ込みを入れつつ、帆花は階段をひいこらと下って行った。
蜂須賀と小田嶋の間で、緊張の糸が張り詰め始めてから3分、
「――ッ!」
何の前触れもなく2人とも、ほぼ同時にリボルバーを腰だめの位置で抜き、相手に向けて全弾を一気に放った。
「グゴ……ッ」
蜂須賀の銃から放たれた弾は、ちょうど3発ずつ頭と心臓を撃ち抜いた。
血を吐きながら目を見開いて、小田嶋は人形の様に崩れ落ちる。
長年の因縁に終止符を打ち、恩人の命がけの願いを達成した蜂須賀だったが、
「……。ごめんね……、雪緒ちゃん……」
拷問の際に電極針を突き刺された傷が痛み、小田嶋にコンマ1秒程遅れたせいで、一発だけ蜂須賀の上腹部に命中してしまった。
身投げするように、ゆっくりと後ろに倒れ込んだ蜂須賀は、口から黒ずんだ血を吐いて脱力した。
意識が薄れて行く中で、ボンヤリとモニターを見ていると、画面の中に背の高い白髪の黒ゴスと、短い黒髪の背の低い白衣の『掃除屋』コンビが現れた。
白衣の方が美雪の肩を持って揺さぶると、その指がピクリと動いてぐったりと顔を上げた。
「……。ああ……、これで、いいんだ……」
それを見た蜂須賀は、自分の役割が終わった事を理解して、満足そうに笑いながらため息混じりの声でそう言った。
幸せに、ね、美雪……、雪緒ちゃん……。
何の憂いもなく笑い合う2人を思い浮かべながら、蜂須賀はゆっくりと目を閉じた。
その表情は、これ以上にない程どこまでも穏やかなものだった。
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