第8話

「や、帆花ちゃん」

「なんだよ。やっぱりピンピンしてんじゃねえか」


 蜂須賀が監禁されている位置を聞いて駆けつけた帆花は、ケロリとした様子で手をぷらぷら振る彼女に、大型二輪車を押しながら近づき、張り合いがなさそうにそう呼びかける。


 赤いその荷台には、アタッシュケースがロープでくくりつけられていた。


「心配してくれたんだ。嬉しいなあ」

「してねえよ。で、その元締めの居場所は分かったのか?」


 やけに強めの語気の帆花は、ヘルメットのバイザーを上げず、急かすように蜂須賀へ訊く。


 彼女は帆花に小田嶋の根城ねじろを伝えると、帆花はその情報を他の殺し屋達へメールで一斉送信した。


「で、本当の所は私が心配だったんじゃないの?」

「お前がいないとこっちが迷惑するからだ!」

「照れちゃって可愛かわいいねえ。この後よろしくやらない?」


 片手の指で輪っかを作り、逆の人差し指をくぐらせて、蜂須賀は舌なめずりをする。


「縁起でも無いこと言うんじゃねえよ。お前が親代わりになるかもしんねえんだぞ」


 と、照れていることは否定せず、帆花は腕組みしながら、蜂須賀へ真面目なトーンの低い声で言う。


「ああ。……出来るかな、私に」

「ほれ。先の事悩む前に、さっさと行って帰ってこい。あのガキが待ってんぞ」


 さっきとは一転して、辛気くさい顔で自分の手の平を見つつそう言う蜂須賀の目の前に、帆花は荷台の荷物のアタッシュケースを大小2つ並べて置く。


 小さい方は蜂須賀の得物とホルスターだが、大きい方は黒いインナーのティーシャツ以外、全て赤色の革ジャケットとパンツだった。


 ここでのやることが終わり、背負っているギターケースを背負い直しつつ、立ち去ろうとする帆花の背に、


「ありがとう。『死の白線デツトライン』」


 蜂須賀は珍しくきちんと感謝し、彼女を二つ名で呼んだ。  


「礼は要らん。いつもテメエがやってることだろ『雀蜂すずめばち』」


 またな、と、手をゆるく頭上に挙げて言うと、帆花はサッとシートにまたがり、黒いライダースジャケットをはためかせ、爆音と土煙を残して去って行った。

 彼女の声は、普段のそれよりも幾分いくぶん柔らかいものだった。


 蜂須賀は自分を運んできたバンの車内で、帆花が持ってきた服に着替えた。


 トレードマークのジャケットとパンツをまとったのは数年ぶりだったが、昨日も着ていたかのように蜂須賀の身体にフィットしていた。


 一応トラップがないか確認してから、運転席に乗り込んだ彼女は、恩人の娘と自らの宿命を絶つため、一路、敵の本拠地へと車を走らせる。



                    *



 蜂須賀が市街地の北の外れにある、小田嶋の『城』である中層ビルに到着する頃には、空の東の縁がうっすらと白み始めていた。


 小田嶋の根城のビルは、表通りからその姿を見ることは出来ず、入り口は裏通りに面している立地になっている。

 上から見ると、根城を表通りから隠すビルと同じ建物に見える様になっていた。


「やあ、みんなおそろいで」

「おっ、千両役者のお出ましだ」


 帆花からのメールで集合場所に指定された、閉店したゲームセンターに蜂須賀が入ると、ハチノスにいた面々の他、全員二つ名持ちの殺し屋が計20人程集まっていた。


 往時と同じ姿の蜂須賀を目にして、彼らはにわかに歓声を上げる。


 暗殺銃の女から、蜂須賀がインカムを受け取ると、


『時間だ。全員配置につけよ』


 その表が見える、近くの同じ高さのビルの屋上から、帆花は殺し屋達への指示を飛ばす。

 ゴーグルタイプの眼鏡を外し、その驚異的な視力を駆使し、狙撃銃で入り口に居る見張りを狙う彼女の後ろに、同僚の太刀をいたセーラー服の女性が立っていた


 帆花は上着の革ジャケットを脱いで、その下に着ていたライダースーツに見える、濃紺の戦闘服姿になっていた。


 殺し屋達が順番にそれへ返事をすると、各々が事前の打ち合わせ通りの位置へと移動を開始する。


「それで、私はどこに居れば良いのかな」

『お前は裏口だ。表がにぎやかになったら行け』


 位置に付いたら合図出せよ、と言って帆花は黙り込むと、入り口の街灯に照らされている、小田嶋の手下の片方に狙いを付ける。


『こちら表口。完了だ』

『裏口もだよ』

「了解」


 しばらくして、表口の10人と裏口の11人から連絡を受けると、


「よし、表行け」


 そう言いながら、立て続けに見張りの2人をヘッドショットすると、鉄球と手斧ておのが2人の殺し屋から放り投げられ、入り口のガラスドアを破壊した。


 中へ彼らが次々と突入し、銃声だの小田嶋側の歩哨ほしょうの悲鳴だので騒がしくなった。


「裏も行け」


 表の騒ぎに気を取られた裏口の見張りは、裏口を隠すための片開きの門の間を抜けて飛んでくる、暗殺銃の女の弾丸によって瞬殺された。


 裏口班も中に入ると、蜂須賀を最後尾にして、次々と現れる手下達を反撃も許さず葬りながら、階段を駆け上がって行く。


 後ろ通り過ぎてから狙い撃とうとする者も居たが、蜂須賀の横に居るリボルバー男に、サブウェポンの自動式でサクッと仕留められた。


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